■月星暦一五四二年七月⑥〈憂鬱〉
アセラの街は、多くの都市がそうであるように周りは外壁で囲まれていた。
緩やかな傾斜地に開かれていて、政治の基盤であり、役所であり、統治者たる王族の住居でもある『城』が奥の一番高い場所に座している。
街自体も地形を活かして構成されていた。
日常生活を重視した、計画的な都市設計。
それが潤滑に動いているのが遠目からも判る。
レオニスの圧政でほとんど機能していなかったのが嘘のように賑わいを見せているのが喜ばしい。
アトラスは見晴らしの良い応接室から城下を眺めていた。
ここからだと、月星の王女一行が城門を入ってから城に到着するまでの一部始終を見ることができた。
六年という歳月は少女を女性に変える。
遠目でもそうと判る程、成長した王女は優雅に城へと入って行った。
女王に王女を引き合わせたライが、アトラスの居る応接室を訪れた。
アトラスが待ち人であることは予想していたのか、ライは驚いた様子も見せない。
「とても素敵な頃合いで帰っていただけて嬉しいですよ」
「アリアンナはどんなだった?」
「愛しのタビス殿に会えるのを楽しみにしている様子でしたよ」
ライの胡散臭い笑みも久しぶりだなと、妙な感慨にふけながら、アトラスは苦笑する。
「誤解を受ける様な言い方はよせ」
「冗談です」
ライは真顔でアトラスを見た。
「王女はまだ、竜護星に貴方がいる事も知りません」
「一つ確認だが、アリアンナが捜すのは『アトラス』ではなく、『タビス』なんだな?」
「ええ。『タビス』とはっきりおっしゃいました。付け加えると、貴方のもう一つの立場でもありません」
彼を示すいくつかの呼び名の内、どれを選ぶかによって彼の立場は大きく変わる。
しれっと、それを匂わす発言をしたライ・ド・ネルトをアトラスは睨めつけた。
「やはり、お前も最初から知っていたな」
「お言葉ですが、『アトラス』なんて名前の人はそういませんよ」
奇しくも、モ―スと同じことを言う。
アトラスは喉の奥で笑った。
名前が最初に受ける呪いという説がある。正にその通りだ。
「まあ、王女は、まさかその名前を貴方が正直に名乗っているとは思っていないようでした。この国に現れた月星人について、念の為の確認だったようです」
そして、ライは含み笑いでアトラスを窺った。
「今ならまだ、別人で通すことも不可能ではないと思いますが?」
「なんだ、脱走の手伝いでもしてくれるのか」
軽口で応えるも、アトラスの肚は決まっていた。
アリアンナに会えば、ライの言う、もう一つの顔も晒されるのは避けられない。
あの娘は何と言うだろう。
レイナの顔が浮かぶ。
問題は山積みだが、いずれ通らなければならない道というものがある。
アトラスにとって、この件が正にそうだった
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