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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
二章 王女来訪編
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■月星暦一五四二年七月⑤〈解雇〉

 帰還した夜、アトラスはモースに晩餐に招かれた。


 ブライト家の屋敷に来るのは初めてである。

 質の良い調度品、だが、けして華美ではなく、実用品が多い。飾り棚には飾りものより書物が目立つ。家長の人柄を表しているように見える。


 大きな屋敷だが、人は少ない。


 ペルラはライと結婚してファルタンの屋敷に引越し、医官に戻ったエブルは城の宿舎暮らし。


 そういうモースも城に泊まり込むことが多く、そちらにも私室を授かっている。他にもブライト家の者は各部署に勤務しているが、城内の宿舎暮らしの者が多いという。


 ハイネはいるはずだが顔を見せなかった。最近、部屋に籠りがちだという。


 ささやかですがと饗された料理の数々は、医者の家系らしく、健康に気を遣った献立だった。

 様々な香草が使われており、その使い方が上手い。食材の臭味を消し、旨味を上手に引き出し、特産の葡萄酒ワインによく合う。

 香草は香り付けの用途だけではなく、種類ごとに多彩な効能があることから、実際に薬代わりに使われる地域もある。


「美味いですね」

「お口に合って何よりです」

「この香草にはこんな使い方があるんですね。この食べ方は初めてです」


 よく煮込み料理やオーブン焼きなどに使われるハーブが酢に漬けられないてドレッシングにしてあった。


「酢にも合うのですよ。漬け込むことで味わいや香りが贅沢になり、用途の幅も広がって重宝するのです」


 そんな、他愛ない話で食事を終え、食後の紅茶の用意が整うと、人払いをしてモースはアトラスに向き合った。



「先ずはこれをお返しておきます」


 宛名のない一通の書簡を差し出した。封は閉じられている。開けられた形跡はなく、蝋に押された印章はきれいにその姿をとどめていた。


 出かける前に、アトラスがモースに預けていったものである。ライには書置きと言ったが、実際は封をした書簡だった。中にはこの書簡が更に入れてあり、万一本当に戻ってこなかったなら、月星に届けてほしいと依頼してあった。

 届けさえすれば、然るべき人物に自分の訃報が届くはずだった。


 不意に、アトラスの顔が陰る。


 自分のことを形にするのは、彼自身が思っていたよりも口が重くなっていた。


「こんなものを残していったので、分かりましたか?」

「読んではおりませぬ。……ですが、そうだろうことは気づいていました」


 アトラスはうなずき、書簡を破る。彼にしか使えない印章も手の中で粉々に砕いて暖炉に投げ込んだ。


「明日には、月星の王女殿下が到着します」

「そうですね」


 朝が来るのが気が重い。


「何も言わないのですね」


 なぜ、こんなところに居るのか。

 なぜ、月星を出たのか。

 疑問を抱かないわけがないのだ。


 だが、目の前の人物は余計なことはいっさい言わずに黙って受け入れてくれていた。


「申し訳ありませんが、アトラスさまの『雇用』は今日迄といたします」

「了解しました」


 『雇用』が形だけなのは理解していた。そういう体で、モースはアトラスを匿っていたのだと理解できる。


 アトラスの働きは『助力』という形で記されるのだろう。


 宿舎では無く迎賓棟の一室を私室と充てがったのも、最初から『客人』として扱われていたのだと言うことがわかる。


「……黙っていたことは、謝ります。レイナにも。……騙すつもりはなかった。でも、私自身整理がついていなかったから、話しようもなかった……」


 今だって整理がついたわけではない。


 だが、タビスであることが露見したなら、今代のタビスが何者かなどすぐに判る。


「貴方さまも、当時は十代のこどもでした。しかも特殊な身の上故、こどもであることは許されなかったのでしょう。必要な期間だったと割り切って良いのだと思いますよ」


 人を和ませる空気を自然と身につけているモースにだからこそ、アトラスは言葉を紡げるのかもしれない


「……お気を悪くされたら申し訳ないのですが、貴方さまがいらっしゃるのは分かっていたのです」

「えっ……?」


 突然告げられた言葉に、アトラスは理解が追いつかなかった。


「どういうことです?」

「『娘の帰還を待て。タビスを頼む』それが亡きセルヴァ様の最期の未来視。だから私は五年間を耐えました。耐えてレイナ様の帰還を待ちました」


 思えばモースは、初めからアトラスに対して丁寧な対応をしていた気がする。


「『タビスを頼む』の意味を、当時は怪我の治療のことだと思いました。ですが、別のことを示しているようにも思えて、未だに答えは出ません」


 困ったように微笑するモース。


「アトラスさまに恩義を感じているのもまた本心です。お役には出来るだけ立ちたいと思うのですよ」


 セルヴァの言葉があるから助力する、では薄情な言い分に聞こえるが、恩に報いたいというモースの言も嘘には聞こえなかった。


 思惑が入り乱れて当然。モースの立場なら尚更だろう。

 月星でも日常茶飯事だった。アトラスは気にしない。


「助力はありがたい。助けられたのはお互い様です。『《《私》》』が使えるのなら使えば良い」


 今更である。


お読みいただきありがとうございます

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