■月星暦一六四四年四月〈天を支えた者〉
最終話です
『アトラス』
アウルムが微笑んでいた。
『お父様』
『とーさま』
マイヤが小さな男の子と手を繋いでいた。ウェスペルだ。
『お兄様』
アリアンナが上品に顔を綻ばせる。
『『アトラス!』』
ハイネとヴァルムが肩を組んで笑っている。
『アトラスさま』
『アトラス殿』
『アトラス様』
微笑むアウラの横で控えめに呟くのはアリア。アウルムの妃だったネブラの姿もある。
『叔父上』
『伯父様』
レクスとルネが手を振っている。
そっと頭を下げるのはルネの妻のフェルサとレクスの妃のフィーネ。
『『『アトラス様!』』』
『『『『『アトラス様っ』』』』』
ライとペルラ、ウパラが笑みを浮かべていた。ジル、カイ、サイ、ラウ、センリと、ファルタン一族の濃い面子も一緒だ。
『『アトラス様!』』
サンクとハールがにこやかに手を繋いでいた。ストラの姿もある。
『『アトラス様』』
モースとエブルが目を細めて頷いている。
『『『アトラス様』』』
礼儀正しく頭を下げるのはアルムとセーリオ、そしてオネスト。
『隊長!』
『『『『隊長ぉっ!』』』』
ガハハと大口を開けて笑うのはタウロ。
弓月隊の隊員達やファルもいる。一緒に十六夜隊、新月隊の顔も見えた。
『アトラス殿下』
『『殿下!』』
堅苦しく眉間に皺を寄せているのはネウルスだ。
ウィルやノイが傍らで呆れている。
『アトラスさま』
『アトラス様ぁ』
テネルが微笑んでいた。
その横で、プロトが忙しなく頭を下げる。
『アトラス様』
ふわりと微笑を浮かべるのはメモリアか。
『『『『『殿下』』』』』
五大公が欠けることなく、全員揃うのは珍しくないか?
『レオン』
『『レオンディール』』
イディールとライネスが一緒にいた。
もう一人、知らない女性がいる。見たことがある気もする。誰だろうか。
「アトラス!」
急激に鮮明になった視界の中、サクヤが心配そうに覗き込んでいた。
紫紺宮の中庭で、サクヤと二人ベンチに座っていた。
丁度百年前の今日、レイナと婚礼式を挙げたのだという話を、さっきまでしていたのは覚えている。
「俺は、寝ていたのか?」
「一瞬だけどね」
頷くサクヤの、榛色の瞳が揺れた。
「夢を見たんだ。懐かしい人達が沢山いた……」
長い年月の中、去って逝った愛しい人ばかり。
「みんな、笑っていた。ユリウスとレイナはいなかった。当然だな。お前はここに居る」
アトラスの指先がサクヤの頬に触れた。零れ伝う涙を拭う。
「何を泣いているんだ?」
「いいえ」
微笑むサクヤの細めた目から、また涙が零れ落ちた。
「お前は何歳になっても美しいな」
「いやだわ。もうこんなおばあちゃんなのに」
細めるサクヤの目尻には笑い皺が刻まれていた。
共に歩んできた時間の証である。
暖かな日差しが顔に触れる。
乾いた風に、アーモンドの花が舞っていた。
竜護星の湿り気のある空気も悪くなかったが、やはり自分はこの風の中で生きてきたのだとアトラスは思う。
「……俺、頑張ったよな?」
「ええ。もちろん。みんなあなたに支えられて来ました」
「なら良い……ありがとう」
「アトラス?」
「少し、休む……」
アトラスは頭を、寄り添うサクヤの肩にもたれかけた。
「愛している。アストレア……」
無意識に、零れ落ちた言葉。
「私も! 愛しています。アトラス!」
沈みゆく意識の中、サクヤの声が、遠くに聞こえた気がした。
閉じた瞼は、もう開かない。
※※※
月星暦一六四四年四月。
激動の時代に生まれ落ち、
戦乱に終止符を打ち、
人ならざる者の愛に翻弄され、
盟約に縛られたその魂を開放し、
お伽話を終わらせた一人の英雄が
最愛の女性に看取られて息を引き取った。
王子として生まれ、
タビスとして敬われ、
王配として伴侶を支え、
夫として妻を愛し、
父親として娘を見守り、
叔父として甥の盾となり、
宰相として息子を導いた男の名は、
アトラス・ウル・ボレアデス・アンブル。
生誕時の名は
レオンディール・ジェイド・ボレアデス。
享年百二十四歳。
彼は最後のタビスと呼ばれた、ただの人間の男である。
「タビスー女神の刻印を持つ者ー」
ー完ー




