■月星暦一六〇五年九月〈月と空と大地と海と〉
月星暦一六〇五年九月。
レクス王の喪が明けた、初秋。月星は新しい王達の誕生に沸き立った。
戴冠式と同時に婚礼を挙げた二人の名は、セーラ・ウェヌス・ボレアデスと、クレプスクルム・ベリル・ボレアデス。
アトラスの息子クルムが、王の娘を娶って、王となった。
王の娘のセーラが、最後のタビスの息子を王配として、女王となった。
どちらが正しいのかは、この際どちらでも良い。
セーラに言わせれば前者であり、クルムに言わせれば後者であるというだけのことだ。
かくして誕生した、月の髪に空の瞳を持つ王と、大地の髪と碧い海の瞳の女王は、月星初の共同君主として、連名で名を残すことになる。
半人前の自分達は二人で一人前なのだと、二人で担っていくのだと宣言した。
伴い、宰相を辞したオネスト・ネイトに代わって、その任に就いたのは、アトラスその人だった。
アトラスが宰相をしてくれなければ、王位継承承諾の署名をしないと、ごねた新王二人に押し切られた形である。
二人の後見として、支えるつもりではあったアトラスだが、さすがに『宰相』は想定外だった。
「俺みたいのが、いつまでもいちゃ、老害だろう」
ぼやきながらも、官達にも懇願され、結局引き受けたアトラスに、妻であるサクヤは苦笑した。
「まあ、アトラスは、断れないよねぇ」
サクヤは王立美術館の館長をダフネに譲り、アトラスの補佐についた。
正確にはセーラの補佐、なのかも知れない。
女性の身で王位につく厄介さを、サクヤは多少なりとも知っている。
元王妃——王太后フィーネは、アトラス、サクヤ夫妻とクルムに娘セーラを託し、アンバルを去った。
元々、王室の水が合わなかったのだろう。
「憑きものが落ちたような顔をしていました」というのは、見送ったセーラの言葉である。
祝いに駆けつけた、各国の代表の中には、当然、竜護星国主マイヤの姿もあった。
祝福の挨拶に対面した際に、「月星は、暫く安泰でございますね」と述べたのは、マイヤ自身の意見なのか、『巫覡』としての予言であったのか。
マイヤは、一組の夫婦を同行させていた。シモンとアミタである。
フェルン領主フェルター夫妻は、息子の門出を、涙ながらに喜んでいた。
セーラもまた、クルムの養父母に祝福され、祝われる夫のことを共に喜んだ。
父母からの愛が薄かった彼女としては、思うところもあっただろうが、この一年でセーラも随分変わった。
卑屈になりがちな思考は影を潜め、良い意味でクルムの影響を受け始めている。
宰相としてアトラスが、新米の王二人に先ずさせたのは、国内外を問わず、『視察』であった。
「月星のことは、任せておけ」と請負い、「とにかく世界を見て来い」と送り出した。
友好国の海風星、竜護星、朱磐星、蒼樹星を始め、多くの国々を、公私問わずに、二人は飛び回った。
その手には、月星から始まり、各国に広まった観光情報誌がある。
「ホントは自分で、あちこち連れ回したかったくせに」
「俺はもう、充分見たさ」
行く先々では、アトラスが長い道程で紡いできた様々な縁が、二人を導くだろう。
それは、大海原で船を操る大貴族かも知れない。
竜を空を翔ける一族かも知れない。
今は役目を終えた、刻印を探す為に派遣されていた一派かも知れない。
また、情報誌をきっかけに、色々な側面を見ることになるかも知れない。
「片や、田舎の何もない小さな島で育ち、片や、全ては揃うが完結した狭い箱庭しか知らなかった二人は、大海に出て、何を見るのだろうな」
「そんなの、決まっているでしょう」
サクヤほ榛色の瞳を綻ばせて、断言した。
「『夢』を見るのよ」
希代のタビスと言われ、人に非ざる者の思惑に翻弄され続けた男は、残りの生涯を、その伴侶と供に、二人の王の宰相として彼らを支えた。
その名のままに、天を支え続けた。
十六章「紡がれた想い」完
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次話、とうとう最終話「天を支えた男」です。
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