閑話▶月星暦一六〇四年十月〈披露〉
□サクヤ
王が不在の月の大祭に見慣れない少年、否、青年が大聖堂貴賓席に居た。
隣に座る夫婦の、両方の特徴をあわせ持つ彼が、今さら誰かと問うまでもない。
「やはり噂は本当だった」
「次の王はやはり?」
「王女と争う構えなのか?」
神聖な神事の最中にも、ざわめき立つ視線が二階席に集中する。
レクスの葬儀に出席していたとは言え、実際にその姿を確認していたのは一握りだった。
月星は広い。
訃報が城から発信され、受け取り、城に到着するまでの期間が七日以内という制約は、案外厳しい。
葬儀後に弔問に訪れる人間が大半である。
噂の域を出ていなかったアトラスの息子を目にして、気にならない訳が無かった。
礼服を自然に着こなした青年は、好奇の目に晒されても動じず、その視線を受け流していた。
□□□
通常なら、王の一声で始まる第二部の宴。
出席出来なかった王に代わって、前年度は叔父のアトラスが、一昨年は前王アウルムが音頭をとっていたが、今年度、口を開いたのは『お飾り』と揶揄され続けてきた王妃フィーネだった。
宴に出ても、王の隣にいるだけ。それも最低限の責務とばかりに、居るのは最初の方だけで早々に辞していた王妃が、自らから口を開いたのは初めてかも知れない。
「先日女神様に召されました、レクス陛下の喪中ではありますが、皆様に御報告があります」
顔は白く強張ってはいる。だが、衆人環視でも王妃はしっかりとした語調を崩さなかった。
「我娘、セーラ・ウェヌス・ボレアデス殿下と、アトラス殿下のご子息、クレプスクルム・ベリル・ボレアデス殿下の婚約を、ここに発表させていただきます」
会場は静まり返っていた。
視線がフィーネ王妃、セーラ王女、アトラス・サクヤ夫妻、そして殿下と呼ばれたクルムと、四方向に分散し行き来する。
沈黙の中、動きを見せたのはクルムだった。
セーラの元に歩み寄り、手を取ってその甲に接吻をする。
頬を染めて微笑むセーラ。視線を受けて、クルムも微笑する。
「月星の未来に乾杯!」
よく通る声で、盃を掲げたのはアトラス。
「「「「「乾杯!!」」」」」
釣られるように、歓声と拍手が起きた。
王女を妻にと目論んでいた青年達も、クルムの存在を知り、どちらにつくかと算盤を弾いていた貴族達も出鼻をくじかれた形だっただろう。
先に空気を作ってしまえば、大丈夫だと、緊張する三人を言いくるめたのはアトラスだった。
歓迎の雰囲気が勝ったようだ。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます、殿下方」
「おめでとうございます、妃殿下」
飛び交う声に混じって、サクヤの耳許で囁かれた声の、主はマイヤ。
海青の瞳が楽しそうな色を見せている。
「それ、貴女に言われるとこそばゆい」
「これからは、公におかあ様と呼べますね」
サクヤが苦笑していると、夫のレゲンスを放っぽってモネが近づいてきた。
「サクヤさん、水臭いじゃありませんか!」
「ほんとですよ」
妹のダフネも一緒である。
「いつから『妃殿下』だったのですか?」
「……十八年前の十一月」
「というと、大叔父様がタビスを返還した年。あー、あの年! そういえば、レイナ様の月長石のペンダントをしてましたものね」
大した記憶力である。
「もしかして、だから大叔父様はタビスを返還してきた、とか?」
勘も良くていらっしゃる。
曖昧に笑っていると、今度はダフネが「あー!」と声を出した。
「美術館創設時の空白の二年間ですね!?」
「はい、それです」
「よく、今まで隠していられたものです」
ダフネに言い当てられ、モネには呆れた視線を向けられる。
「マイヤ様、さては共謀者ですね?」
「はて?」
モネの追求を躱して、マイヤは弟を祝ってきますと離れていった。
「でも、さすが、お二人の息子さんだけあって素敵な方ですね。背が高くて髪もサラサラで! お顔は大叔父様に似ていらっしゃいますけど、表情が柔らかいです」
自身も十歳も超える子供がいるくせに、「あんな殿方はなかなかいません」と、うっとりと語るものだから、思わずサクヤはダフネを不思議そうに見やった。
「ダフネさんは一度会っていますよね?」
「いつですか?」
「五年前」
「えっ?」
頭の中を検索したらしいダフネが、はっとした顔をする。
「あの、美術館で、泣いてた男の子!?」
「ダフネ、そこのとこ、詳しく」
モネが食いついた。
特集を組まねばと、意気込みをみせている。
「モネさん、醜聞は無しの方向でお願いしますよ」
「なら、サクヤさん、独占取材取り次いでもらえませんか?」
「なら、ってなんですか! 交渉は直接してください」
苦笑しながらクルムに目を向けると、彼はアトラスには無い柔和さで、取り囲んでくる人間を籠絡しているように見えた。
「そうそう、サクヤさん。殿下方に肖像画の依頼をしませんと。美術館のキャプションも書き換えなければなりません!」
セーラの肖像画はまだ空欄のままだった。確かにいい機会だろう。
「キャプションは後でも良いかと。まだ、どちらが王になるかは決まっていないのです」
クルム達、王妃、アトラスもそれぞれ取り囲まれ、その質問が浴びせられている。
二人が二人で譲り合って、まだ決まっていないのだ。
「でも、大叔父様のキャプションは書き加えないとです。サクヤさんとクルム殿下の項目を加えて、サクヤさんの肖像画も」
「えっ……?」
サクヤが固まった。
「わたしの肖像画も加えるの?」
「当然です。王子妃殿下ですもの。良い絵師を紹介しますね。素敵に描いてくれますから安心してください」
ダフネににっこりと微笑まれ、サクヤは逃れられないことを知った。
※※※
後日、美術館には三枚の肖像画が加えられた。
アトラスの横、レイナと並べられたサクヤの肖像画には、真新しいプレートに『王子妃』と書かれている。
「こんなことなら、せめて、もっと若いうちに描いてもらえばよかった」
今年三十八歳になったサクヤは、並べられたレイナと自分の絵を見ながらひとりごちた。
寄贈されたレイナの肖像画は二十代後半に描かれたものである。
「職場に自分の肖像画があるなんてぞっとしない」と、ため息をつくと、「俺の気持ちが解っただろう」と、サクヤはアトラスにはニヤついた顔を向けられた。
お読みいただきありがとうございます
【小噺】
サクヤさん、レイナの歳を越しました。
文句を言っていますが、ほっともしています。
ただ、アトラスの肖像画は、レイナとの婚約時に月星にいた半年間に描かれたものならば二十三歳位。
そうでなくとも、美術館開館前に描かれたものでしょうから、外見年齢が三十歳前位のもの。レイナはニ十代後半。この二枚の隣に並ぶのは、サクヤさん心境的にちょっと悔しい(笑)
この度、サクヤさん正式に王子妃になりましたので③が加わりSランクとなりました。
サクヤさんSランクに加え、
クルムもSランクからSSランク昇格(④追加)
セーラもSランクからSSランク昇格(④追加)
ランク?
私がキャラを塗る時に課してる彩色ルールですね。
①紫は女神とユリウスとタビス(アトラス)にしか使わない
②長子は赤い服
③王族のみ金糸の縁取り
+
④王様夫妻は毛皮付き外套
というルールが肖像画作成時に加わりました
二人が持っている王冠は七章ではアトラス、八章ではアウルムが持っていたものと同じものです。
→当然です。コピペですから 笑
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