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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
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■月星暦一六〇四年八月⑩〈激励〉

孫達《双子》と別れたその後も、アトラスは弔問に来ている各国の要人との挨拶に廻った。


 アトラスがしなければならないことでなくとも、彼がした方が丸く収まることは多々ある。その程度には影響力を持ち、伊達に長生きはしていない。


 そんなことをしているうちに、午後はあっという間に終わり、大神殿内の自室に戻ってきた時には、既に日が落ちていた。


 上着を脱ぎ、長革靴を神官達が履いているような布製の浅靴に履き替えた。

 帯も柔らかい簡易な物に変えて、だいぶ寛いだ装いになると、長椅子ソファに身体を預けて伸びをした。


「さすがに、疲れた……」


 思わず、声が漏れた。


 紫紺宮には戻らず、今日はもう、酒でも仰いでここで寝てしまうかと考えていると、控え目に扉を叩く音がした。


 部屋の外には、帰室を聞いて来たのだろう、クルムがいた。


「どうした?」

「あ、あの……」


 クルムは言い淀んだ。


「今頃、自分の言い出したことが、怖くなったか?」

「いえ……」


 クルムは妙な顔をしていた。


「中に入って、少し待っていろ」


 アトラスは食堂へ行き、二人分の夕食と酒を頼んだ。

 持ちますと言う神官を黙らせて、自ら自室に運ぶ。


 王の喪に伏す意味合いで、食事内容は全体的に白っぽい。   

 肉類は入っておらず、だが、魚の練り物は使われている。


 アトラスが子供の時分は、魚も禁止食材だった筈だが、いつしか脚が無いからとこじつけて、白身の魚は良いとされるようになっていた。


 月星では喪中以外にも、大祭前に潔斎に入る時はこんな食事になり、酒も白葡萄酒になる。


 食べ盛りな年頃には、物足りないだろう食事だが、クルムはもそもそと黙って咀嚼した。


 話したいことをうまく言い出せないような顔。

 クルムの前にも酒を注いで、彼の方から口を開くのを、アトラスは辛抱強く待った。


「……亡くなった王様は、なぜ彼女のことを放っておけたのだろう?」


 窓の外に目をやり、クルムはぽつりと言葉にした。

 視線の先にあるのは大聖堂。そこにはレクスの棺がある。


「セーラも王妃様も省みずに、女遊びが過ぎた方だったと聞きました」


 その口調には、一抹の嫌悪感があった。


 健全な少年ならではの潔癖さが、微笑ましかった。

 サクヤと籍を入れてないと言った時も、クルムは同じような顔をしていた。


「許されることではないが、レクスの女癖の悪さは、一種の転嫁行動だった。病気と言い換えても良い」


 アトラスは、気の毒な甥の名誉回復を、少しばかり手伝ってやることにした。


「晩年は浮名ばかりが先行しているが、実際それで命を落としちゃ世話ないが、別に愚王だったわけじゃない。父王が偉大すぎたんだな」

「セーラのお祖父さん……アウルム、様?」

「そうだ。知っているのか?」

「会いました。五年前。セーラと」

「そうか。会っていたのか……」


 アウルムはクルムが何者か、気づいたのだろう。腑に落ちた。


「父さまのお兄さんだと、聞きました」


 伺うように、見上げてくる青灰色の瞳と目が合った。


「……アウルムは、兄は、本当に多くに尽力した王だったんだ」


 少し、鼻の奥がすんとした。


「レクスには、そんなアウルムが重荷だったのだろう。何をしても比べられる。何をしても越えられない。満たされない自尊心の行き場が、ああなった」


 可能性を夢見て、目を煌めかせていた少年時代を、希望を胸に宿して決意を固めた青年時代を、アトラスは知っている。


「それでも! あんなに孤独なを、放っておいちゃ、駄目でしょう!!」

「孤独、か。確かにな」


 セーラに近づこうとしてきた人間の目には、アトラスも覚えがある。

 目の前にいながら、自分を見ていない目。

 肩書きにしか興味の無い目。


 加えて、手を差し伸べない父親に、自分のことで精一杯の母親とくれば、人間不信になるには充分だろう。


 いくらアトラスやアウルムが気にかけようが、心を開ける人間が居たとは言えない。


「セーラは嫌がるだろうが、レクスとセーラはよく似ている。どちらも、自分から抱え込み、助けを求めるのが、下手なんだ」


 最初から女神の下で、女王はうまく行かないと、自分で呪いのように思い込んでいる。

 それでいて、どうしたいか自分で言えない。「出来ない」以外の言葉が出てこない。


「クルム。俺は王候補としてお前を連れてきたのでは無い。言わずとも、お前は自分で成してしまったが、セーラの婚約者候補として連れてきた」

「え?」


 クルムの目が丸くなる。想像していなかったという顔。


「お前なら、その『孤独な魂』に寄り添えると思ったんだよ」


 セーラには、一晩王妃フィーネとじっくり話し合って決めるように言った。


 だが、セーラは断らないだろう。


 そういう風に育てられた。

 その自由は自分には無いと、してはいけないと信じ込んでいる。


 王族に生まれた子供は、確かに過去には外交の道具として使われてきた。有効であったからだ。


 だが、人間である以上、感情が伴う。

 たった一度の人生、王族だって自由恋愛をしたっていい。


 実際、アトラスはそうした。


 アウルムに自由に生きよと言われ、レイナを伴侶にと求めた時だけは、公私混同で女神の代弁者たる『タビスの言葉』を行使したと、今なら断言できる。


「実際、お前の言葉はセーラに響いた」


 打算の無い、幼い宣言。

 偽りの無い想いに触れて、セーラは決して外では見せない筈の涙で応えた。


「自信を持て。お前は誰にも出来なかったことを、既に一つ成したんだから」


 にやりと笑って、アトラスは息子を励ました。

お読みいただきありがとうございます

※この世界ではクルムは飲酒可能年齢です


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