表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
365/374

■月星暦一六〇四年八月⑥〈フィーネ〉


 神殿を辞すと、アトラスはその足で王城へと弔問に向かった。


 喪主であるフィーネ王妃とは、応接室で面会した。セーラを後継として立てるなら、喪主はセーラにやらせるべきなのだろうが、当人が拒否したのだという。


 栗色の髪を引っ詰める様に纏め、喪服姿の王妃は、色の白さも相俟って、ひどく顔色が悪く見えた。


 五十歳という歳相応の、歳の重ね方をしてはいても判る、美しい面立ちの女性だが、神経質そうな印象は相変わらずだった。

 病を疑いたくなるような、やつれ方をしており、浮かんだ隈も化粧では誤魔化しきれていない。


 立場はアトラスよりも王妃の方が上の筈だが、フィーネは立ち上がって出迎えた。


 アトラスがお悔やみを述べると、フィーネは慇懃に礼を返してきた。


 元々、気の弱い女性であるフィーネの声は、細く小さい。


「王妃殿下、あまりご無理をなさらぬよう。私も補佐します故」

「頼りにしています」


 人より少し長く生きてきたアトラスは、二人も王を見送って来た。

 段取りは、誰よりも熟知しているのかも知れない。


 先程、長老みたいなものだとクルムに説明をしたが、事実、生き字引の様な頼られ方をされることが多い。


「ところで、そちらが?」


 フィーネの視線が、アトラスの背後に控えていたクルムに注がれた。

 彼女の耳には、既に情報が入っていた様だ。


「ええ、紹介が遅れましたが、私の息子です」


 フィーネの暗緑黃色カーキの瞳に、険が混じった。


「アトラス様。あなたも、そう、仰るのですか?」


「王妃殿下、少し話をしましょうか」


 アトラスは、応接室脇にある待合場所(スペース)で待っているよう言いつけて、クルムを退室させた。


   *


「王妃殿下。誤解の無いように言っておきますが、私はセーラ王女が継ぐべきだと思っているのですよ」


「え?」


 アトラスの開口一番の言葉に、フィーネは面食らった顔をした。


「王の娘です、当然でしょう?」


 だが、フィーネの顔から疑う表情は消えない。

 神経をすり減らしてきたフィーネの、レクス《王》との結婚生活を鑑みると、無理もないだろう。


 妻子をかえりみないレクスを諌められなかった責任を、アトラスは少なからず感じていた。


「セーラ王女が女王になることに、懸念があるのは事実。それは、彼女自身の資質がどうのという話では無い」


 アトラスは、敢えて婉曲な表現を使うことを避けた。


「ご存知でしょうが、この国では女王は望まれない。女神の悋気なんて、私は信じちゃいませんがね、風当たりは強いでしょう」


 フィーネの眉間の皺が強くなった。


「それなのに、娘を推してくださると言うのですか?」


 信じられないという顔を隠そうともしない。


「推すも何もないでしょう」


 次の王はセーラで決まりなのだと、アトラスは断定で話す。


「では何故、ご子息をお連れになったのですか?」


 その問いには、「このタイミングで息子がいることを公表すれば、人はそうとるでしょう」と、暗に批判が込められている。


「私はね、王妃。あの子を表舞台に連れ出すつもりは無かったんですよ。何処ぞの片田舎で、慎ましくも幸せに過ごしてくれれば良かった。……実際、そのつもりだったんだ」


 策を講じて、幼年期の貴重な時間を、共に居る幸せまで諦めてまで護ろうとしたのに、ボレアデスの血のしがらみは、そう簡単には、断ち切れなかった。

 

「だが、兄の意図に気付いてしまった」


 困ったようにアトラスは、目を伏せた。フィーネが忙しなく、指を組み直しているのが目に入る。


「アウルム陛下の意図、とは?」

「兄が一番望まないのは、月星で一番やってはいけないのは、分裂なのですよ」


 アトラスはじっくりと、フィーネに届くように言葉を紡いだ。


「……今はもう殆どいませんがね、私も兄も、月星が二分していた時代を知っている。だからこそ、この国が分裂するようなことは、二度と起こしてはいけないのです」


 王候補が争うなんてもってのほか。

 女王賛成派と反対派という構図も然り。


 だが、必ず言い出す連中はいる。人間とは、そういうものである。


 争わせないようにするには、どうするか。


「息子は、王女の盾になれるでしょう」


 窓の外に目をやると、木陰で話し込む二人の人影が見えた。


「もちろん、本人達次第ですがね」


 フィーネに視線を戻すと、アトラスは、はっきりと含みを持った笑みを浮かべてみせた。




お読みいただきありがとうございます

————————————————————

【小噺】

レクスさん、だいぶ誤解の多い人生でした(T_T)

夜遊びの悪評が根強く、妻子を顧みない男というのが、アトラスでさえ思うほどの一般的な評価です。そのあたりの胸の内を理解していたのは、オネストくらいでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ