表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
364/374

■月星暦一六〇四年八⑤〈王子〉

挿絵(By みてみん)

クルム

 月星に着くと、アトラスは紫紺宮では無く、王立セレス神殿に直接向かった。


 出迎えた神官は、通常の白一色の衣服では無く、帯のみ黒いものを着用している。


 かつての自室に入ったアトラスに、神官は盆の上にきれいに畳まれた衣装を持ってきた。


「僕はどうすれば?」


 旅装束のクルムが、アトラスに問う。


「サクヤが持たせてくれた服があるだろう? それに着替えなさい」



 月星では喪服を身につけるのは喪主に連なる者のみである。

 弔問する側は腕に喪章をつけ、地味めの色を選びはするが、基本的に普段とは変わらない。


 だが、神官がアトラスに持ってきた服は、喪服に準ずるものであった。


 基本的な形は神官達が身に着けているものと変わらないが、鈍色に染め上げられており、帯は《《黒》》である。

 その上に黒色の丈の長い薄手の上着を羽織った。

 よく見ると、黒地の上に黒い糸で細やかな刺繍が施されており、『葬送着』と呼ばれているものである。


 もうタビスでは無いアトラスが、続ける項目の一つに、王族の『慶事』『忌事』について指揮を執れというものがあった。


 刻印の喪失時に、神殿側との調整で揉め、レクスが仲裁した項目の一つである。


 忌時、身につけることになる葬送着は、紫の帯を黒に変えることで決着がついた。


 他の衣装についても、禁色の紫を薄紫にすることが妥協点となっている。


 着替え終えると、アトラスはクルムを連れて大聖堂に向かった。


 聖堂内には香が炊かれ、女神の像の前に、豪奢な棺が一つ置かれていた。

 横には、蜂蜜色の髪の男性の肖像画が掲げられている。


 祈りを捧げていた大神官が気づき、アトラスに丁寧に挨拶をしてきた。

 プロトは前年度、アウルムの葬儀を最後に引退している。


 今代の大神官の名はエンデと言う。五十歳半ばの落ち着いた雰囲気の男性である。


「ご足労いただき、恐れいります。アトラス様」

「棺は閉じられていて、いいのかい?」

「見ない方が宜しいかと」

「……そうだったな」


 レクスが患っていた病は、悪化すると鼻が落ちる程に、顔が歪むと聞く。


「手間をかけるな」

「いいえ。何分初めてでございます故、お手数をおかけしますが、ご指導宜しくお願い致します」

「ああ。大神官も宜しく頼む」


 二人のやり取りを、クルムは少し離れて不思議そうに見つめていた。


 振り返り、アトラスはクルムを呼び寄せた。


「今の私は、何の肩書も持たないが、長老みたいなものだからな」


 クルムの顔つきから、口には出さなかった疑問に答える。


「この方は今でも王子殿下ですよ。嫌がるので、あまり呼びませんが」


 呆れたように大神官は訂正しつつ、クルムを見やって目を瞠った。


「失礼ですが、そちらは?」


 側仕えの少年と思っていた様だが、近くで見て、類似点を無視出来なかったらしい。

 サクヤ似のサラサラの乳黄色の髪持つが、クルムの顔の造形はアトラスに良く似ていた。


「息子のクルム……クレプスクルムだ」

「初めまして」


 大神官が、息を呑んだのが判った。


「それでは?」

「さてな」


 嘯くと、アトラスは棺に向き直り、蝋燭に火を灯して、空の燭台の一つに挿した。


「お前には、月星の礼拝方法を、教えてやらないとな」


 アトラスは、大神官の脇に控えていた神官見習いから花を受け取り、棺の蓋の上に置いた。


 通常は故人の棺の中に納めるものだが、開けられないのなら仕方がない。


 続けて、先程大神官がしていたように手を組んで祈りを捧げた。略式の追悼の祈りである。


 神を知らないクルムも、アトラスの真似をして、ぎこちない所作で、遠目でしか見たことの無い従兄に、祈りを捧げた。



お読みいただきありがとうございます

————————————————————

エンデ:終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ