■月星暦一六〇四年八月③〈ウィリデ〉
「伯父様には、おそらく『視えて』いました!」
マイヤの言う『視る』は未来視のことを指す。
「まさか……」
「お父様。アシェレスタだけが巫覡ではございません!」
「あっ……」
失念していた。
アウルムの母アリアの一族にも、海風星の巫覡の血脈が入っていた。
ーー古い事件を思い出す。
魔物に憑かれ、その状態を維持したアリア。そして、魔物の呪縛を断ち切り、自ら戻ってきたアウルム。
「アウルムには、巫覡の素養があった……?」
マイヤは頷いた。
彼女は一つの確信に、辿り着いているようだった。
「……伯父様が私に、一度だけ洩らしたことがあります。『アトラスが支払った代償に、私が還せるものは何か、ずっと考えている』と」
潰えそうなアンブルの血筋。
潰えたはずのジェイドの血筋。
「お父様、おそらく『これ』が、アウレム伯父様の出した答えです」
マイヤは顔を上げ、ひたとアトラスを見詰めた。
「ウィリデ……」
「ウィリデ?」
「アウルム伯父様から、時がきたら、お父様に伝えるように言付かっていました。『今』なのだと思います」
(そういうこと、か……)
「……『この朱い地が、いつか緑でいっぱいの潤った土地になる様に、お前の名に、瞳の色に因んで、この地をウィリデと名付けよう。俺の故郷の言葉で緑という意味だ』」
口にして、アトラスは大きく息を吐いた。
「それは?」
「月星始祖ネートルの言葉とされている。黒塗りでつぶされていた部分が、今、埋まった」
ネートルが語りかけた『お前』とは、初代タビスのこと。名は『ナルイェシル』。
ユリウスがアトラスと混同して、呼んだ名である。
古い言葉でナルは柘榴。イェシルは緑である。
初代の言葉を補完すると、『柘榴石の中に時々混ざる緑色の鉱石が由来』となる。
母親の家系が皆、赤っぽい茶色の瞳をしていたから、連想したのだとあった。
アシエラ伝を調べた、サクヤの報告書には、初代は鳶色の髪に苔色の瞳の男、とあったから一致する。
「ウィリデとは、アンバルのかつての名前なのだろう。意味は緑……」
緑を意味する地を治めていた王が、後継者に選んだのは、緑の石の名を与えた息子の方だった、ということだ。
歪めたのはアンブルの母バシリッサ。彼女には常に黒い噂が付き纏っていたという。
アセルスの異様な執着と奇行は、己が血への劣等感。
そして、アウルムがアトラスを頑なに外さなかった理由。
全てが繋がった。
ジェイドが正統な後継者で、アンブルが奪略者だと知っていたから、アウルムはジェイドの血筋に、王位を返そうとしていたのだ。
「アウルムの所為じゃ、ないのに……」
今は亡き兄の想いに触れ、アトラスは、そっと目頭を押さえた。
お読みいだきありがとうございます。
マイヤとアウルムの会話は、十一章「兆し」の終話〈マイヤの独白③サイクル〉
月星暦一五七六年の月の大祭時の一幕です。
ナル:柘榴(クロアチア語)
イェシル:緑(トルコ語)
ウィリデviride:緑(ギリシャ語)
ウパロバイト:グリーンガーネットの超高級品
大罪人が大規模な地殻変動やらかしてますから、かつての地域の区切りはめちゃくちゃ。アトラスたちから見れば
どんな言葉もまるっと『古語』です
アトラスは神官という立場故、名前をつけてほしいとお願いされることが多々ありました。その為、古語には割と詳しいという背景があります
『史実は事実ではない』という皮肉(この作品の裏テーマ)は最後まで物語を蝕んでいました。
「アウルムのせいじゃないのに」→もちろん全てアセルス(とバシリッサの)せいです。
お兄ちゃんもっと早く言ってという気もしますが、アトラスは聞き入れなかったでしょう。
骨の髄まで性格を把握されてましたしね。
※アウルムは六章「金色の回想」〈真相〉でアセルスから直接聞いています。
アセルスは正当でないアンブルの血筋に劣等感を持ち、勝利に固執しアトラスを誘拐し、辛いことをさせました。
アセルスのしたことはも呪いとしてアトラスには刻まれてしまいました。
アトラスはアンブルの血筋でないことに罪悪感を持たされ、自分(の血筋)は継いではならないと頑なに信じ、息子との少年期に共にいることまでを犠牲にしてクルムを隠そうとしたわけですが、最後の最後にお兄ちゃんに言われちゃった形です。『ジェイドが正当だったんだから気にするな!』
※アウルムは月星からアトラスがクルムを隠していたことには気づきましたが、流石にその方法までは気づいていません。
アトラスとしては、クルムとの時間を返せよって感じですし、シモンに殴られ損ですね(T_T)
クルムが誰かさんみたいにスレずに、伸び伸びと健やかに育ったのは救いでしょうか。
アウルム




