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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
二章 王女来訪編
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■月星暦一五四二年七月③〈タビス〉

タイトル回収!

 アトラスがアセラの城に降り立って約半刻後。


 ほこりっぽい外套に無精髭、半年程伸びっぱなしの髪と、なかなかひどい姿だったアトラスだったが、風呂を浴び、こざっぱりとした衣服に着替え、髪さえも短く整えて現れた。


 案内された部屋には軽食とお茶が用意され、給仕すら下げて、レイナとモ―ス、そしてモ―スの孫であるハイネだけがテーブルを囲んでいた。


 最低限の面子と内輪のお茶会を装った自然な演出。指示したであろうモ―スに、アトラスは会釈で感謝する。


「聞きたい事は山ほどある。でも、さすがに私も優先順位というものを学んだわ」


 そう言ってレイナはモ―スに視線を投げた。


「状況を説明いたします」


 受けて、口を開くモ―スも珍しくも落ち着かない様子である。


「帰省中のライから早馬がきました」


 ライ・ド・ネルト・ファルタンは、港街ファタルの領主の三男である。

 一年前の騒動の際、レオニス打倒に助力した功を買われ、以来宮仕えをしている。


 文には月星の王女が何の前触れも無く訪問してきたとあった。三日前の事だ。

 王女は、王への謁見を求めており、ファタルで出来る限りの足止めを試みるから、その間に準備を整えるようにとあった。


 正式な訪問ではないとはいえ、あの大国月星の姫君である。粗相があっては大変と、監督を一任された者は文字通り駆けずり回り、城内は準備に追われていた。


 月星から見ればこんな辺境の小国に、理由も無く訪れるはずが無い。

 遊学の途中に立ち寄ったとあるが、それが表向きの理由でしかないことは察するにたやすい。


 王女は『タビス』を捜しているとライは記していた。


 竜護星の人間でタビスの意味を正確に把握しているのは、モ―スとライだけであろう。


「ライがこの時期ファタルに戻っていたのは幸いでしたが、アトラスさまの不在は正直痛いところでした。よくぞ、まあ、戻ってきてくださいました」


 そう締めくくり、モ―スはアトラスの言葉を待った。


 一通り聞いたアトラスは、特大の溜息をついてお茶を飲み干した。


「個人名では無く『タビス』とは、うまいところを付いてくる」

「左様ですな。名前で尋ねられれば、同名の別人ということもあるでしょうし。捜し人が偽名使っていたなら、知らぬ、存ぜぬ。他人の空似で反らす事も可能ですが」

「タビスじゃなあ……」


「その口ぶりだと、タビスって『何か』ではなく、タビスと呼ばれる『人』なのね」


 レイナがアトラスの空の茶器に手ずから茶を注いで尋ねた。


「何かの役職ということかい?」


 不機嫌に添えたのはハイネ。祖父とアトラスだけが分かっているのが面白くない。


「……人間に間違い無い」


 アトラスが慎重に口を開いた。


「……最終決定は王がこの者はタビスだと認めた事に所以するが、役職や称号とは少し意味合いが違う。例え王でも、なりたくてなれるものでは無い。話すと長いんだがな」


 月星はその名の通り、月を信仰の対象とし、月に女神が居ると信じた。

 生きとし生けるものは、総て女神の慈愛の元に生まれたとされている。月は水を司り、大地の恵みも月の満ち欠けそのままに女神が水を微妙に調節しているからこそ得られものと考えられているのだ。

 だから『月に守護された星(月星)』と言う。

 しかし、月には満ち欠けがあり、一月に一度は姿を隠す。

 『タビス』とは、月――即ち女神の不在を補う存在であり、女神を代行するということは女神の加護を受けた者であるという理解に至る。


 アトラスは要約して説明したが、竜護星の若者二人は、いまひとつ消化できない。


 竜護星人の心に『神』はいない。

 神の概念を持たない者に神を説明するのは難しい。


「どうして神の代行者が人なんだよ?」

「タビスとは古い言葉で『偉大な鳥』という意味ですから、女神に代わって地上に舞い降りたといった意味で使われたという説が有力だそうです」


 やんわり答えたのはモ―ス。

 相変わらずモースは、余所様の事情をよく調べて理解している。


 感心しながらアトラスは話を進める。


「昔は自称タビスも多かったそうだ。それこそ王が、自分はタビスだから、自分の言葉は神の言葉だ、なんて権力を振りかざした時代もあったとか」

「最低ね」


 王様業に就いている唯一の人物が毒づいた。


「歴史上、何人かタビスと呼ばれた人間がいるが、その中には明らかにタビスを騙ったと思われる者もいる」

「でも、今はなりたくてもなれない?」

「そうだ。今はタビスがタビスたる条件がある」

「なんだよ。これがタビスですっていう女神のお告げでもあったのかい」


 ハイネの口調は皮肉だったが、アトラスは笑って応えた。


「だったら、俺も女神を信じるな」

「つまり、線引きをしたのは人間なのね」


 アトラスは微笑する。月星では有り得ない反応が一々面白い。


「何代か前の、王立セレス神殿の大神官殿が歴代のタビスを研究して、条件をまとめあげたそうだ」


 神に仕えるといっても所詮人間。絶対ということは有り得ないと、アトラスは心の中で付け加えた。


「タビスと認定されると、どうなるの?」

「通常、タビスが出た家は、一生食べていけるだけの給付金が与えられ、タビスたる子供は王城に入れられますな」


 そして、王の目の届くところで、タビスに『相応しい』教育がされる。


「王にとって都合のいいタビスが作られるということかしら?」

「近いな」


 アトラスの顔に皮肉な笑みが浮かんだ。


「月星は内戦の真っ只中だったから、あらゆる戦術、兵法、技法を叩き込まれたよ」


「当時、二人の王が正統性を主張して戦っていました。そんな最中では、特にタビスを持つ方の信憑性が増しましょう。タビスがいるだけで士気があがる。そのタビスが戦術に長けていれば、尚更負ける気がしないでしょう」


「……というか、タビスは倒れてもいられないのだがな」


 怪我すら『女神の意思』とされてしまう。


「タビスは人間といっても、神の代行者とされていますので、その言動や行動には影響力があります」

「だから、王は自分の意に沿うタビスが欲しい」


 王が女神の恩恵を受ける証として、タビスは王を支える者であれば良いわけだ。


「でも、今、タビスは月星にいないわけね。……王女が自ら捜索に乗り出す位だものね」

「何故、月星はタビスを探すのか……」


 不意に、ハイネが考える顔付きで割り込んだ。


「つまり、タビスが王の傍からいなくなると、王から女神の恩恵が離れたと人は解釈するのだろう?例えタビスが意にそぐわなくなっても、王が自らタビスを遠ざける道理はないから、タビスは自分で離れた事になる。だからといってタビスを捜すのも、タビスがいないと何も出来ないみたいで、余り外聞がよくない。タビスとはいえ月星人で軍部にいた以上、王の許可のなく行方をくらましたなら、それは立派な離反のはずだ。王が女神の恩恵を失ったと解釈される位なら、王の意向に背いたタビス自身が既に女神の加護を受ける資格を失っていると触れ回ればいい」


「……そうだな。王が認めてタビスとしたなら、タビスではないことにすればいい。通常なら、離反は罪にも問える。犯罪者を追っていると言った方が聞こえはいい」


 答えながら、アトラスはハイネを伺い見た。


 こんなに理論的に物事をまとめられる人間だったとは記憶していない。


「それでも月星はタビスを探すのは、月星にとって、タビスが今も必要な存在ということなのね」

「そうらしいな……」

「そして、この国にいる月星人――つまりあなたをタビスかも知れないと、王女は考えているわけね」


 レイナの海青マリンブルーの瞳がアトラスを見た。彼はその目を正視できない。


「あなたが、タビスなのね?」


 溜息をひとつ伴って、アトラスはうなずいた。


「……相変わらず鋭いな」

「モ―スも知っていたのね」

「治療の時に『刻印しるし』らしきものを見ましたので、可能性は考えていました」


 忠臣は、すまして答える。


「よく言う。最初から気づいていたくせに。だから俺を匿ったんだろう?」

「お言葉ですが、『天を支える者(アトラス)』なんて意味を持つ名の人がそう、ごろごろ居る訳がないでしょう」


 言い返されて、アトラスは黙るしかない。


「そのままね……」


 分かる人には分かって当然かも知れない。


「お前だって! せめて名前だけでも憶えていてくれていたら、五年もかからなかっただろうよ」

「無理言わないでよ」


 レイナは苦笑で応えた。


「それで?何がタビスである『刻印しるし』なのさ?」


 アトラスは応じて右手の袖を捲りあげた。


 その部分だけ日に焼けていない肌の上に、くっきりした痣があった。人為的に入れたのかと思える程、どこか幾何学的で複雑な形である。見様によっては三日月の形や剣の形、あるいは鳥の形とも女性の形ともとれる。


「痣にしか見えないわ……」


 正しいとアトラスは笑った。

「だが、『女神の刻印』と月星の人間なら言うな」


 これが、タビスたる条件である。


 馬鹿馬鹿しいと当人が吐き捨てる。


 しかし、いくら知らぬ存ぜぬではぐらかしても、この痣を検めれば逃れられない。


 そんなに嫌なら焼き潰してしまえばいいと考えた人間はやはり過去に居て、患部からまた浮かび上がったと記録にはある。

 部位を損失しても、別の場所に現れたというから、むしろ呪いだ。


 鼻で笑ったのはハイネ。


「道理で素性を明かさないと思えば、お尋ね者だったわけかい。面倒を持ち込んでくれて、いい迷惑だね」

「ハイネ、そんな言い方は無いでしょう。彼が月星を離れたのは私を助けてくれたからなのに」


 レイナが嗜めるが、ハイネが冷ややかに首を振る。


「いいや。この男は逃げたのさ。事が終われば帰る機会はいくらでもあったはずなのに、ずるずるとここに居座ったのは、やましくて帰れなかったからさ」


「やめなさい、ハイネ。これを機に月星と縁を持つのも悪いことではありません」


 モ―スの言葉にアトラスは苦笑した。


 この老人は最初からそれを念頭に入れて行動していたのは気づいていた。


「だったら、せいぜい高く売りとばしてやればいい」

 吐き捨てて、ハイネは部屋を出て行った。

小噺

タビス(tavis):タヴィス

大昔にいたという翼開長八メートルにもなる大きな鳥、「アルゼンタビス(Argentavis magnificens)(アルゲンタヴィス)」が由来。意味はアルゼンチンの素晴らしい鳥。

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