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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
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◯月西暦一五八二年〜一五八六年〈レクスの独白②劣等感〉

挿絵(By みてみん)

 ◯レクス独白

【月星暦一五八二年 三十歳】

 叔父が月星に再び姿を現すようになって、六年。

 私は三十歳の時に王位を継承した。


 議会は回るようになった。

 王という私にも、臆さず、きちんと意見を言いだせる空気がいつの間にか出来ていた。


 順調のように見えた。

 しかしこの状況は、オネストが支え、叔父が気を遣い、上手に回してくれていた結果だということに、いつしか気付いてしまった。


 私の背後に、皆は叔父を見ている。

 叔父の存在が心強いのは確かだが、同時に虚しくもあった。


「アウルムは平和を享受する土台を作った。後はあなたが発展させなさい」


 私は、叔父の言葉はどれほど実行できたのだろうか。

 質を落とすことはしていない。

 だがそれだけだ。

 現状維持が精一杯。それが私の限界だった。

 そもそもが、王の器では無かったのだろう。



 埋まらない心の隙間は、女性で埋めるようになっていた。

 身分を隠し、通うようになった夜の街で、一夜限りの温もりを求める日々。

 偽りの愛にまみれて、行き場の無い承認欲求を誤魔化していた。


 王である以上、後継者を残すのもまた責務である。

 多々、寄せられてくる婚約者候補の中から、私は本人も縁戚も一番大人しそうな女性を選んだ。


 今更、強い外戚など要らなかった。どの道、叔父を超える勢力など無いに等しい。

 口を出してくる外戚など、煩わしいだけである。


 フィーネには同じ匂いを感じた気がした。

 同じ方向を向いて、お互い支え合えるのだと、うまくやって行けるのだと、その時は思ったのだ。


 四歳歳下のフィーネはある意味、私と同じだった。

 彼女は強くはない家門に劣等感を持つ、自分に自信の無い女だった。

 

 残念ながら、同病相憐れむことにはならなかった。


 王妃という肩書にしがみつき、王妃という重圧から自分を保つことで精一杯の彼女は、私に癒しをくれる存在にはならなかった。


 日に日に神経質な性分が増していき、精神的に疲れて離宮に移り住む迄に、日はかからなかった。


 私は結局、前にも増して夜の街に繰り出すようになった。


 

 【月西暦一五八二五年 三十三歳】

 妻のレイナを早くに亡くしてから、女の影のひとつも見せず、全ての求婚を袖にしてきた叔父が、女性を連れて帰還した。


 あまりの珍事に、私もわざわざ顔を見に行ってしまった位である。


 サクヤ・フェルターは見るからに魅力的な女性だった。

 私が王と判った上で、臆さず挨拶をしてくる胆力に、内心舌を巻いた。


 父アウルムや叔母のアリアンナにも会わせてみたくなり、二人を本宮の晩餐に招待した。

 

 月星内に於いてもなかなか『凄い面子』である父達を相手にしても、サクヤ殿は臆さなかった。それでいて、でしゃばらない程度の完璧な受け答えが出来ていた。歳に似合わず堂々とした物腰は、見事としか言い様がないものだった。


 うつむき加減でぼそぼそと話すフィーネとの初対面が頭を過った。

 女性を選ぶ目すら叔父に劣っているのかと、腹の中に疼くものもあったが、些末を吹き飛ばすほどに、サクヤ殿には清々しい説得力があった。


 問題事の手伝いをしているだけだと叔父は言うが、満更でもないのだろう。私にわざわざ口説くなと牽制をかけてきた。


 何か誤解があるようだが、私は相手パートナーのいる女性を口説いたことは無い。


 一抹の侘しさを抱え、食後酒にはつきあわずに外に出ると、城を抜け出る小道で、待ち構える女が居た。


「フィーネ?」


 王妃のフィーネとは、公の場以外では顔を合わせない日が続いていた。

 フィーネの方から訪ねてきたのはいつ以来だろうか。


「レクス様、わたくしを抱いてくださいませ」


 フィーネの開口一番の言葉に、私は絶句した。


「何を言って……?」


 フィーネが早々に、白亜宮に居を移した為、夫婦の営みなど、新婚当初の短い間にしかない。


「……アトラス様が、女性連れで帰還したと聞きました」


 低い声でフィーネが言葉を紡いだ。

 

「貴方様に後継者がいなければ、アトラス様が……いつまでも美しくお若いあの方が、次の王になります」


 暗緑黄カーキ色の瞳が、異様な輝きを見せていた。


わたくしは、お飾りの妃で、日陰者のまま、一生を終えとうありません」


 フィーネが一歩、私に向かって踏み出した。


「レクス様。わたくしを国母にしてくださいませ。わたくしに、価値をお与えくださいませ。わたくしを!!」


 瞳を見開いて訴える、フィーネの痛ましい様に、息が詰まった。


 私が選びさえしなければ、この女性は、ここまで哀しい存在にはならなかっただろう。

 これは私の責任だと思った。


「判った」


 私は、フィーネの手を取り、白亜宮に向かった。



【月星暦一五八六年十月 三十三歳】

 想像に違わず、叔父はサクヤ殿を伴って、月の大祭宴に出席した。

 招待客の好奇な視線に晒されても、サクヤ殿は怯むどころか、微笑を浮かべて私に挨拶をして来た。

 アウルムにも声をかけられ、談笑するサクヤ殿。

「お久しぶりですね、サクヤさん」と、従姉殿マイヤまでが話に加わってきた。


 月の大祭にて、タビスである叔父が連れている。それだけで月星の人間は意味を見出す。

 加えてこの面子と話したことで、私《王》に承認され、兄であるアウルムも了承しており、娘のマイヤにも認知されていることを叔父は『示した』。

 うまいやり方だと思った。


 ふと、背中に刺さる視線を感じて振り返ると、フィーネがじっとこちらを見つめていた。

 すかさず、叔父がサクヤ殿を紹介する。

 あからさまな敵愾心には気づいていただろうに、顔を崩さず挨拶をするサクヤ殿。

 フィーネは一言「ごきげんよう」と、口にしただけだった。


 微妙な空気を察してフォローをしたのは従姉殿マイヤだった。

 聞こえたのは私とフィーネだけだっただろう。


「ご安心ください。お健やかですよ」


 マイヤが刹那向けた視線の先は肚。囁かれた言葉に、フィーネは落ち着きを取り戻した。


「サクヤさま、どうぞ宜しくお願いしますわね」

 今度は余裕とも見える笑みで、言い添えるフィーネに、サクヤ殿は気にした風もなく笑顔を返していた。

お読みいただきありがとうございます

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