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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
355/374

□月星暦一五九九年十月④〈選択〉

□クルム


 宴がお開きになったのは、空が白み始めた頃だった。

 クルムはテラスを臨める、応接室脇の長椅子で、眠りこけているのを()()()()()()()()バンリに見つけられたという。


 クルムが目覚めたのは、滞在先の紫紺宮の寝台の上だった。寝ているうちに運ばれたらしい。

 話しているうちに睡魔に襲われたのは覚えている。

 セーラと別れの挨拶も、お礼も言えなかったのを、クルムはひどく後悔した。


   ※※※


「おいとまのご挨拶に、離宮ここ御主人様あるじさまを伺います。クルムさんもいらっしゃい」


 マイヤに連れて行かれた扉の前には、到着時に出迎えた男性サンクが待っていた。

 マイヤを認めて、扉をノックする。


「失礼します。マイヤ陛下がご挨拶にいらっしゃいました」

「どうぞ」


 扉越しの中からのくぐもった声に、胸がざわついた。

 通された部屋に居た人物に、やはりとクルムは息を飲んだ。


 平服とはいえ、かっちりとした襟周りには金糸の縁取り。一目で格式のあると判る装いの男性が立ち上がり、マイヤを出迎える。


「滞在中、ご不便はなかったでしょうか? マイヤ陛下」

「いつもながらに、過分なご配慮。恐れ入ります。殿下」


 裾を持ち上げ、綺麗な礼をとるマイヤに、「殿下」と呼ばれた人物は、余所行きの笑顔で応えた。


「道中、どうぞお気をつけてお帰りください」

「ありがとうございます、アトラス殿下」


 まるで劇でも見ているような、よそよそしさ。これでもクルムに判りやすいように、難しい言葉を使わないようにしているのが判った。

 短いやりとりを終えた二人の視線が、クルムに向けられる。


「と、まあ。本来ならこんな挨拶を、しなきゃならん訳だ」


 アトラスの口元が、困ったように歪んだ。


「殿下……?」

 頭のどこかでは、わかっていた気がした。 


「この方はアトラス王子殿下。現月星王、レクス陛下の、叔父上にあたります」


 クルム自身も、城に肖像画があった時点で、引っかかってはいたのだろう。驚きはそれ程大きくはなかった。

 とは言え、実際に肯定されると戸惑いしか無い。


「そう、いうこと、ですか……」


 以前、アトラスが『面倒事』と言った意味をクルムは悟った。


「クルム。月星はどう見えた?」

「大きくて、複雑そうです」


 クルムの答えに、アトラスはフッと微笑した。


「良い機会だ。バンリと色々見て行きなさい」


 アトラスはマイヤに、今度は気安く抱擁ハグをして、別れの挨拶を交わす。


「マイヤ、礼を言う。気をつけて帰れよ」

「お父様も、お疲れ様でした」



 マイヤと共に離宮を辞すと、クルムはバンリと二人、王立美術館の前で、馬車を降ろしてもらった。

 マイヤの一行は、このまま竜護星に帰国する。


   ※


 美術館は、大祭当日の混み様がいかに異様だったのかが判る程度の、入り様だった。

 ゆったりと、邪魔されること無く、展示物ひとつひとつを鑑賞できる。


 前回は、入ることが出来なかった展示室には、壁一面に月星王家の系譜が描かれていた。


 創国者ネートルから始まったボレアデス家系図は、木の根の様に分岐し、別の名を賜わったり降嫁した先では途切れ、先は書かれていない。(※1)


 名前には番号が振ってあり、付随する先には、該当者の肖像画と略歴が記載されていた。


 直近では、分岐すると途切れるはずの線が三代分残って絶えていた。

 そちらの遺物も整然と並べられ、分け隔てなく肖像画の類も展示されている。


 月星王家が二つに分裂して七十五年にも渡って戦っていたという事実を、クルムは初めて知った。

 

 戦いを終わらせた人物の、名前と歳、淡々と綴られた長い経歴を読んでいるうちに、追っていた文字が滲んだ。

 ぼたぼたと大粒の涙がクルムの顔を汚す。


 急に、壁一面が迫りかかって来た気がした。


 大きかった。

 あまりに、大きかった。


 上から下へ、左右に伸びた根も萎み、ボレアデス(王家の姓)の名を持つ人間は、現在たった四人しか居ない。(※2)


 この家系図(ルーツツリー)からクルムを引き離そうとした、アトラスの想いの意味を、やっと理解した気がした。



 バンリがそっと背をさすってくれた。ハンカチが差し出される。


「館長が、お呼びだそうですよ」


 いつの間にか、バンリの隣には、館長の遣いという人物がいた。

 苔色の瞳が印象的な、三十歳位の女性である。


 女性に案内された館長室に居たのは、サクヤだった。


「ダフネさん、ありがとう」

「失礼します」


 ダフネと呼ばれた、案内の女性が出ていくと、しゃがんで目線を合わせたサクヤにいきなり抱きしめられた。


「……」


 サクヤが何故ここに居るかなど、どうでもよかった。


 ただ、今は、回された腕の感触が嬉しかった。言葉が無いのが、ありがたかった。


 胸に湧く、名前の解らない感情のままに、クルムはサクヤの肩を濡らし続けた。

 


  ※※※



 クルムが竜護星に戻り、暫くして、フェルン島の領主邸をアトラスが訪ねてきた。


 見慣れたラフな旅装に安心した。

 神秘的な神官姿も格式高い礼服姿も平服姿も、遠すぎて実感がわかなかった。


「僕は、護られていたのですね」

 そう告げると、アトラスは驚いた顔を見せた。


「⋯⋯俺はお前に恨まれても仕方がないと思っていた」

「そりゃあ、もしかしてと思った時点では、モヤッとしてましたけど」


 アセラでのアトラスの態度はクルムには怖かった。

 説明も不十分な上、色々考えた末だったのは漠然と解っても、理由はがわからなかったしと、言いたい文句もなかった訳では無い。

 だが、月星に実際行って、見て、聞いて、思い直したことも多い。


「今までだって、父様達がずっと僕を気にかけてくれていたのは知っていましたし、愛情も感じていました。僕の想ってのことだったのは、理解したつもりです」

「⋯⋯そうか」 


 あからさまにホッとするアトラスの顔は、八十年近く生きてきた人にも、王子殿下と呼ばれる人にも、とても見えなかった。

 落差ギャップが激しすぎて、可笑しくなる。


「僕には二組も両親がいて、幸せですね」とクルムが言うと、アトラスの方が泣きそうな顔をしていた。


 どうしたいかを問われたクルムは、まだ、自分には何も判断出来ないと、今までと同じくシモンの元で過ごすことを望んだ。

お読みいただきありがとうございます

——————————————————

※1 クザン家入りした、アセルスの弟ノースの記載あるが、息子のネウルスは書かれていない。

ハイネに降嫁したアリアンナの記載はあるが、ルネは無い、ということです。

※2 アウルム アトラス レクス セーラ

次話から4話、レクスが久々に語ります。

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