□月星暦一五九九年十月②〈ボーイミーツガール〉
□クルム
月の大祭は二部構成となっていた。
第一部は王立セレス神殿にて行われる神事である。
ツンと香が焚かれた大聖堂では、参列者の手元の蝋燭が夜空の星々のように揺らめいていた。
爪弾かれる月琴の音がそっと空気を揺らす。
白い衣装に身を包んだ神官達からの、言葉無き声が重厚な旋律を生み出していた。
声が紡ぐ静粛な場に、《《薄い》》紫色の帯を締めた神官が、身廊に敷かれた青い絨毯の上を、裸足で歩いて現れた。
『タビス』と呼ばれる特別な神官が、剣の舞を披露し、最後に女神に祝詞を奏上して締めくくる流れだとは聞いていた。
『タビス』が不在の時は、『タビス役』が選ばれ、その役を担う。
今回、『タビス役』を務める人物を認めて、クルムは目を瞠った。
見慣れぬ神官服姿の、見知らぬ相貌のアトラスは、女神像の前まで来ると祈りを捧げた。
その仕草さえ洗練されており、思わずため息が漏れた。
大神官から剣を受け取り、始まる奏上の舞。
揺れる度に、衣装につけられた鈴がシャンと鳴る。
指の先まで神経が行き渡って、隙の無い美しい所作。
流れるような動作は、優しくも力強く、彼の存在自体が芸術品のようで思わず見入ってしまう。
知らないアトラスの顔にクルムは息を飲んだ。
夢心地で大神殿を後にし、マイヤに促されるままに王城に場所を移した。
厳粛な神事とは打って変わって、きらびやかな会場が用意されていた。
王の音頭で始まった宴は、酒と食事と踊りと、大人達が社交を愉しむ場である。
礼服に衣装を改めたアトラスが、サクヤと共に挨拶を交わしていた。王とも気軽に言葉を交わしている。
謙ずに王に接することが許されている立場であることが、クルムにも理解できた。
片田舎の領主邸に、ふらっと現れる姿しか知らないクルムは、戸惑うことしか出来ない。
今回、クルムはアトラス達には近づかないように言われている。
遠目から客観的に様々を観察し、月星という国を判断しろとは、マイヤからの指示。
宴の間は好きにしていて良いと言われても、クルムには、何をして良いのか判断がつかない。
端の方で食事をつまんでいたが、こんな深夜では胃が受け付けなかった。
すぐにつまらなくなって、廊下に出た。
ぼんやり廊下を歩いていると、同じ様に手持ち無沙汰で、所在無さげな少女を見つけた。
少女は一人、窓辺で月を見つめていた。
声をかけようとしてクルムは、月灯りに照らされた少女の横顔に見惚れた。
端的に言えば、『こんな綺麗な子見たこと無い!』という心情。
目を離すことが出来なかった。
視線に気づいた少女が振り返る。
「誰? 知らない顔ね」
「ぼ、僕はクルム。月星には初めて来ました」
「外国の人?」
「はい。父はこの国の出身だそうです」
「そう」
少女はクルムの前までやってきた。
「月星にようこそ、クルム。私はセーラ」
向かい合うと、二人の目線の高さはほぼ同じだった。
もしかしたら、セーラの方が少し歳上かも知れない。
「あなたも暇そうね。せっかくだから、このお城の中、案内してあげるわ」
マイヤかバンリにこの場を離れることを伝えるべきだと思ったが、戻ったら少女がいなくなってしまうような気がした。
「こっちよ?」
「今行く!」
好奇心を優先して、クルムはセーラの後を追いかけた。




