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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
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□月星暦一五九九年九月⑤〈母〉

□クルム


 今日は城に泊まるのだと、クルムは再びグルナに案内されて、入り組んだ廊下を歩いていた。


 アトラスはマイヤに話があると言われ、先程の部屋に残っている。


「グルナさん、もしかして僕のこと、知っています?」


 尋ねると、足を止めてグルナはクルムを振り返った。


「ええ、もちろん」

「だと、思いました」


 グルナから向けられる眼差しが、最初から柔らかかったのである。


「クルムさんは、このお城でお生まれになったのですよ」

「えっ?」


 聞けば、アトラスとサクヤが居住する館は少々辺鄙な場所にある為、王家筋アシェレスタではなくとも弟の為ならばと、マイヤが融通した形なのだという。


「お帰りなさい、クルムさん」


 あのときの男の子が、こんなに大きくなっていて自分も嬉しいのだと、グルナは目を細めて微笑んでいた。


   ※


 グルナに案内された迎賓棟の一室には、先客が居た。


「母さま……」


 クルムが口にしたとたん、サクヤの顔がパァっと笑みに染まった。


「聞いた? グルナさん。母さまって呼ばれた! クルムに母さまって呼ばれたぁ!!」


「サクヤさん。あなた、『母』と呼ばれたのは、初めてというわけじゃないでしょうに」


「マイヤのことは勿論愛してるけど! この身体で産んだのはクルムだけだもん」


(マイヤって女王様を呼び捨てにした? だもん、って……?)


 サクヤの、見たことの無い反応に、クルムは驚きを隠せない。


「ごめんね、クルム。びっくりしたよねぇ!」


 サクヤに、むぎゅっと抱きしめられたクルムは、肩越しにグルナを伺うと、彼女は苦笑いで肩をすくめる。


「今日は、こちらの棟は人払いをしておきますから、親子水入らずでお休み下さい」


 グルナの視線を追うと、食事を乗せたワゴンがあり、更にその先には続き部屋への扉が開かれており、アトラスが姿を現していた。


『わーん』と擬音が聞こえそうな涙を流すサクヤと、クルムの頭を、ぽんぽんと触りながら、アトラスが苦笑した。


「サクヤ。クルムが困っている」

「だって! クルムにやっと言ってもらったんだよ。お母さんって認めてもらえたんだよ?」


「そうだった。()()はそういう奴だったわ」


 懐かしむように目を細めるアトラスの顔は、穏やかだった。


 クルムは、アトラスがこんなに柔らかい顔が出来る男性だということも、サクヤがこんなに可愛らしい女性だということも知らなかった。


 今日は、得た情報量が多すぎて、クルムの頭はうまく動かない。


 居間に入ると、長椅子ソファにアトラスは沈み込んだ。


「マイヤに何か言われたの?」

「こってり絞られた。言い方が悪いとさ」


 アトラス視線がクルムに向く。

 手招きをされて近付くと、「悪かった」と謝られた。


「もう少し、言い方ってものがあるだろうってさ。ホントにな」


 頭をくしゃくしゃに撫でられ、言える範囲でなら答えると言われても、クルムは咄嗟には反応出来ない。


「あ、はい。えーと……」


 歳のことは気になるが、はぐらかされる気がした。故国だと言う月星のことも、それは実際に見て判断しろと言われそうだ。


 ならばと、クルムはサクヤに目を向けた。


「母さまは、あんなに大きな方が義娘むすめで、抵抗は無かったのですか?」


 妙な言葉になったが、サクヤには、言わんとしてることは伝わったらしい。


「マイヤにまた『お母様』って呼ばれた時も、嬉しかったなぁ」

「はい?」


 どうやら聞き方を間違えたらしい。


「じゃなくて……」


 クルムはちらりとアトラスを伺う。

 前妻の墓石に向けた顔にあったのは、今思えば、思慕というものだったように感じた。


「その、前王陛下が……」


 言い淀むクルムに、サクヤは「そういう事ね」と、手を叩いた。


「レイナとアトラスは相思相愛だったし、わたしもそう。そこに差なんか無いの」


 あっけらかんと言われても、恋愛経験すら無いクルムにはよく解らない。


 ただ、どうやら、高い地位にいるらしいアトラス()に、サクヤが強いられてその立場にいるのではないことは解った。

 サクヤ()が同意の上でそばにおり、幸せであるのならばと、クルムはとりあえず納得することとした。

お読みいただきありがとうございます

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