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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
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□月星暦一五九九年九月③〈親子〉

□クルム


 墓地を出て、来た道とは反対側へと進んで行くと、道は二股に分かれた。


 どう見ても、入ってはいけなさそうな細い方にアトラスは進み、いくつか門を潜って辿り着いた先には、城への入口があった。


 玄関では無い。


 こじんまりとしており、いかにも関係者専用という風合いの、通用口だった。


 扉を開くと、内側で佇んでいた赤い髪の女性が、アトラスを認めて、深々と挨拶をしてきた。


「お待ちしておりました」

「グルナ、どこへ行けばいい?」

「ご案内します」


 グルナと呼ばれた女性は、クルムを一瞥すると、僅かに口元を緩めた。


 いくつか階段を登り、案内された応接室と思われる部屋には、品の良い女性が一人、テーブルについて待っていた。


「お連れしました」

「ご苦労さま、グルナさん」


 案内をしてきたグルナを労い、退出させると、女性は二人に椅子を勧めた。


「マイヤ女王陛下だ。ご挨拶しなさい」


 アトラスの言葉に、クルムは背筋を伸ばした。


「僕、いえ、わたしは、フェルン島領主シモン・フェルターの息子、クレプスクルムと申します」


 クルムは掠れる声で、どうにか噛まずに言い切った。


 マイヤの、見透かすような鋭い視線を受けて、緊張からなのか口が乾く。


「お茶をどうぞ」


 すかさず、マイヤが手ずから茶を入れたカップを差し出してきた。


「い、いただきます」


 クルムは口を潤して、一息つく。


「お話は聞いていますよ。クルムさん。貴方は、この方が自分の父親だと考えているのですね」


 マイヤは時間を無駄にせず、いきなり本題に入った。


 ちらりとアトラスを見ながら、クルムはマイヤにしっかりと頷いた。


「どうして、そう思った?」


 静かな声で、アトラスが尋ねてくる。


「シモンとアミタはいい両親だろう? ちゃんと、お前を愛してくれている筈だ」

「はい。尊敬しております。また、深い愛情を持って育てていただいてることも、よく、理解しているつもりです」


 クルムの、握った拳が震えてた。


「ですが!」

「……だが、些細な違和感。気のせいだと思おうとして、いつしか気付いてしまった。時々やって来ては剣などを教えてくれる、父の妹の連れ合いだという男が、その体の部位が、自分の複製の様に同じだということに」


 自嘲を含んだため息が、アトラスから漏れた。


「どこかで聞いた話だな……」


 困ったような顔のアトラスに見つめられて、クルムは狼狽えた。

 踏み込んではいけない場所に、片足を出しかけた危うさが背中を這う。


「クルム、俺の姓名フルネームを知っているか?」

「いいえ。アトラスさま、としか……」


 そういえば、聞いた事が無かった。

 意図的に伏せられていたのだと、クルムは悟った。 


「俺の名は、アトラス・ウル・ボレアデスという」

「ボレアデス?」


 どこかで耳にした気もするが、クルムは咄嗟には思い浮かばなかった。


「その名前と姓は、知りませんか?」


 マイヤが尋ねてくる。


「ごめんなさい。判かりません」


「アトラス・ウル・ボレアデスとは、わたくしの父の名前ですの」


 マイヤは淡々と捕捉した。


「えっと……?」

「この方が父なら、あなたは、わたくしの腹違いの弟ということになりますね」

「はい?」


 クルムは呆気に取られた。


 大の大人が謀ってっているのかと訝しみ、見比べて、二人の目に笑みがないことにクルムは気づいた。


 顔が無意識に強張ってくる。


 よく知っている筈の、叔父と思っていたーー実は自分の父親ではないかと考えていたアトラスが、急に知らない人の様に感じた。


 クルムは生唾を飲み込んで、アトラスの顔を凝視する。


「さっき、言ったろ? レイナ・ヴォレ・アシェレスタは俺の妻だった女性だと」

「わたくしの母です」


 アトラスの見た目は、どう見ても四十歳には満たない。対してマイヤ(女王)は五十歳代半ばに見える。

 下手をすれば、母子でも通用しそうな二人を、クルムは見比べた。


「そう、ですよね。陛下のお母様が前王陛下で、妻っていうことは、そうなる、のか。でも御歳が……」


 クルムは混乱した。 


 墓に眠る方(レイナ)が前の国主で、マイヤの母なのは解る。だが、四十年前に亡くなったその人を妻と呼び、マイヤ迄がアトラスを父と呼ぶ部分が、どうしても頭に入って来ない。

 二人の顔と口調が至極真面目な為、余計クルムには訳がわからない。


「俺が父親だと確認したかっただけなら……父親なのに何故自分をシモンに預けたのかとか、自分は捨てられたのかとか、そんな恨み言を言いたかっただけならば、今の話は忘れなさい」


 冷たい口調でアトラスは言い放った。

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