□月星暦一五九九年九月③〈親子〉
□クルム
墓地を出て、来た道とは反対側へと進んで行くと、道は二股に分かれた。
どう見ても、入ってはいけなさそうな細い方にアトラスは進み、いくつか門を潜って辿り着いた先には、城への入口があった。
玄関では無い。
こじんまりとしており、いかにも関係者専用という風合いの、通用口だった。
扉を開くと、内側で佇んでいた赤い髪の女性が、アトラスを認めて、深々と挨拶をしてきた。
「お待ちしておりました」
「グルナ、どこへ行けばいい?」
「ご案内します」
グルナと呼ばれた女性は、クルムを一瞥すると、僅かに口元を緩めた。
いくつか階段を登り、案内された応接室と思われる部屋には、品の良い女性が一人、卓について待っていた。
「お連れしました」
「ご苦労さま、グルナさん」
案内をしてきたグルナを労い、退出させると、女性は二人に椅子を勧めた。
「マイヤ女王陛下だ。ご挨拶しなさい」
アトラスの言葉に、クルムは背筋を伸ばした。
「僕、いえ、わたしは、フェルン島領主シモン・フェルターの息子、クレプスクルムと申します」
クルムは掠れる声で、どうにか噛まずに言い切った。
マイヤの、見透かすような鋭い視線を受けて、緊張からなのか口が乾く。
「お茶をどうぞ」
すかさず、マイヤが手ずから茶を入れたカップを差し出してきた。
「い、いただきます」
クルムは口を潤して、一息つく。
「お話は聞いていますよ。クルムさん。貴方は、この方が自分の父親だと考えているのですね」
マイヤは時間を無駄にせず、いきなり本題に入った。
ちらりとアトラスを見ながら、クルムはマイヤにしっかりと頷いた。
「どうして、そう思った?」
静かな声で、アトラスが尋ねてくる。
「シモンとアミタはいい両親だろう? ちゃんと、お前を愛してくれている筈だ」
「はい。尊敬しております。また、深い愛情を持って育てていただいてることも、よく、理解しているつもりです」
クルムの、握った拳が震えてた。
「ですが!」
「……だが、些細な違和感。気のせいだと思おうとして、いつしか気付いてしまった。時々やって来ては剣などを教えてくれる、父の妹の連れ合いだという男が、その体の部位が、自分の複製の様に同じだということに」
自嘲を含んだため息が、アトラスから漏れた。
「どこかで聞いた話だな……」
困ったような顔のアトラスに見つめられて、クルムは狼狽えた。
踏み込んではいけない場所に、片足を出しかけた危うさが背中を這う。
「クルム、俺の姓名を知っているか?」
「いいえ。アトラスさま、としか……」
そういえば、聞いた事が無かった。
意図的に伏せられていたのだと、クルムは悟った。
「俺の名は、アトラス・ウル・ボレアデスという」
「ボレアデス?」
どこかで耳にした気もするが、クルムは咄嗟には思い浮かばなかった。
「その名前と姓は、知りませんか?」
マイヤが尋ねてくる。
「ごめんなさい。判かりません」
「アトラス・ウル・ボレアデスとは、わたくしの父の名前ですの」
マイヤは淡々と捕捉した。
「えっと……?」
「この方が父なら、あなたは、わたくしの腹違いの弟ということになりますね」
「はい?」
クルムは呆気に取られた。
大の大人が謀ってっているのかと訝しみ、見比べて、二人の目に笑みがないことにクルムは気づいた。
顔が無意識に強張ってくる。
よく知っている筈の、叔父と思っていたーー実は自分の父親ではないかと考えていたアトラスが、急に知らない人の様に感じた。
クルムは生唾を飲み込んで、アトラスの顔を凝視する。
「さっき、言ったろ? レイナ・ヴォレ・アシェレスタは俺の妻だった女性だと」
「わたくしの母です」
アトラスの見た目は、どう見ても四十歳には満たない。対してマイヤは五十歳代半ばに見える。
下手をすれば、母子でも通用しそうな二人を、クルムは見比べた。
「そう、ですよね。陛下のお母様が前王陛下で、妻っていうことは、そうなる、のか。でも御歳が……」
クルムは混乱した。
墓に眠る方が前の国主で、マイヤの母なのは解る。だが、四十年前に亡くなったその人を妻と呼び、マイヤ迄がアトラスを父と呼ぶ部分が、どうしても頭に入って来ない。
二人の顔と口調が至極真面目な為、余計クルムには訳がわからない。
「俺が父親だと確認したかっただけなら……父親なのに何故自分をシモンに預けたのかとか、自分は捨てられたのかとか、そんな恨み言を言いたかっただけならば、今の話は忘れなさい」
冷たい口調でアトラスは言い放った。




