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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十六章 紡がれた想い
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■月星暦一五九九年九月①〈相談〉

 ■月星暦一五九九年九月①〈相談〉



 月の大祭を翌月に控えた、ある日の昼時。


 フェルン島、港の大通りに面した有名店に、アトラスは向かった。


 味は中の上、お値段は上の下、おもてなしは上の中。


 個室の壁は厚く、商談や接待によく使われ、信頼を得てきた老舗料亭の、支店である。


 本店はファタルにあり、大抵の港町には店舗を構えている。


 物腰の低い、身なりにも気を配った店員に案内された個室には、サクヤの兄、シモン・フェルターが待っていた。


 結露したコップの下に水が溜まっていた。

 約束の時間には早かったが、随分前から待っていたのが伺える。


 フェルン領主邸ではなく、この店を指定してきたことからも、領主邸で話したくない内容なのが透けて見えていた。

 

 見るからに浮かない顔のシモンが、アトラスに気づくや、立ち上がって頭を下げる。


「お呼びだてして、申し訳ありません」


 四十五歳という、年相応の顔には疲れが浮かんでいた。


「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ」

 問いかけつつ、席に着く。


「……クルムのことです」


 それだけで、シモンが思い悩んでいる内容を、アトラスは察した。


「あいつ、とうとう気づいたか?」


「はっきりとは言いません。でも、それっぽい言動がちらほらと」


 柳眉を下げて困惑を露わに、シモンは現状をアトラスに伝えてきた。


「あの子に説明するにも、私共がするよりは、貴方にお任せした方がいいと思うのですよ」


 アトラスは、用意されていた水差しから手酌で水を注ぎ、飲み干した。もう一杯注ぎ、揺れる水面に目を落とす。


 クルムには先月、彼の誕生日を祝う為に会っている。

 特に変わった様子は見られなかったが、今思えば、やけに視線を感じた気がする。


「クルムは、十……二歳になったんだっけか?」

「はい、そうです」

「そうか。十二歳……」


 アトラスは考え込む顔になった。


「潮時かもな……」


 アトラスが育った、現在から見れば異常な状況下の当時。十二歳といえばもう一人前として扱われていた歳だ。

 その歳のアトラスは、剣を片手に馬を駆り、既に『隊長』と呼ばれていた。


「もう少し、サクヤ似だったら、ごまかし様もあったのですが」


「たしかに。髪の色はともかく、顔立ちはまんま子供の頃の俺だしな」


 どれだけ濃い血なんだと、ぼやいてアトラスは苦笑した。


 アトラスの『血縁者』には、似たような顔の人間が多い。



「分かった。なんとかしよう」

「お手数をおかけします」


 シモンは頭を下げるが、彼に非はない。

 むしろ、面倒をかけているのはアトラスの方である。


「すまんな。こちらの都合に振り回して」

「いいえ。子供に恵まれなかった私達夫婦に、育てる幸せを下さいましたことを、《《今では》》むしろ感謝してますよ」


 シモンはそう、少し淋しそうに微笑した。



 今では。


 シモンは大して意識せずに、その言葉を口にしたのだろう。



 十二年前。


 サクヤの妊娠が発覚した当時の、シモンの怒り具合に、『凄かった』以外の言葉を、アトラスは見つけられなかった。


 いつもは温厚で、妹に激甘なシモンだが、人間というのはここまで怒れるものなのかと、不謹慎にも感心したのを覚えている。


 あの夜は、酷い雨が降っていた。


お読みいただきありがとうございます

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