閑話▶月星暦一五九二年九月〈再始動〉
□サクヤ
月星暦一五九一年九月。
月星初の王立美術館の開館を、翌週に控えていた。
紫紺宮の一室で、開館式に出席するために、サクヤは出来てきた衣装を試着していた。
イディールのペンダントは、金具の部分が劣化していた為、修理ついでに多少、改修した。
大元の形は変えずに、サクヤの細めの首のサイズに合わせて、チョーカー状に加工されている。
勿論、イディールの許可は得ている。
「ちょっと古臭い意匠ですものね。好きにしていいわよ!」
問い合わせると、返答はあっさりしたものだった。
翠玉の色に合わせて、衣装も深い緑の布で仕立てた。
月星ーー特にアンバル界隈で濃い緑色は、なんとなく忌避扱いになっていた。
アウルムの長年の想いも汲み、下らない習慣を壊す意味も込めて、敢えて選んだ。
ハールもアトラスも、口を揃えて褒めてくれた。
あまりそういうことを口にしないサンクまでもが、「落ち着いた色合いで、よくお似合いです」などというものだから、なんだかこそばゆい。
ふとハールが、アトラスを見やって、声をかけた。
「アトラス様、そろそろ散髪をいたしましょうか。襟足、少し、煩わしくはありませんか?」
アトラスも式典にはサクヤの『伴侶』として出席する。敷居後は美術館内の喫茶スペースで、簡単な交流会が開かれる為である。
ハールの言葉は、流れでごく自然に出てきたものに聞こえた。
「言われてみれば……」
応えたアトラスが、驚きの表情でハールを見つめた。
「えっ……?」
「あらっ……!?」
「アトラス様?」
サンクも、目を見開いてアトラスに顔を向けた。
アトラスは自分の髪を触れた手をまじまじと見つめた。
「そういえば、俺、昨日、爪を切ったわ。まだ、半年しか経ってないのに……」
「まあ!」
ハールが手を口にやり、驚きを露わにした。
「アトラス様! よかったですね。本当に、よかったですねぇ!!」
サンクがアトラスに飛びつく勢いで、彼の両手を握った。
「はは……。そうか。やっと……。はははっ……」
アトラスが笑い出した。
泣き笑いに近かった。眦に涙が浮かんでいる。
サンクもハールも、もらい泣きをしていた。
「……どういう、こと?」
やり取りを見守っていたサクヤは、首を傾げる。
一人、話題についていけていない。
「サクヤ! とうとうだ」
アトラスが感極まったらしき笑みを浮かべて、サクヤに抱きついてきた。
「アトラス?」
戸惑うばかりのサクヤに、ハールが涙を拭いながら説明してくれた。
「サクヤさま。アトラス様が前に散髪したのって、二年位前なのですよ」
通常散髪は、維持目的なら二、三ヶ月に一度は行うものである。
「二年も前?」
その異常さが、やっとサクヤも頭に入ってきた。
「その前は、ずっと三、四年に一度だったのです」
「そんな頻度?」
「爪切りは、年に一回位だったそうですよ」
サンクも笑顔で補足する。
アトラスたちが驚き、喜んでいる意味が、やっとサクヤにも理解できた。
「アトラス!」
「誤差はあったが、やっと人並みに生きていける」
アトラスが、ユリウスと決別して、そろそろ五年が経とうとしている。
体内の、ユリウスの残滓が消えたら、時を刻み始める。セレスにはそう告げられたと、アトラスから聞いていた。
「よかったね。やっと、本当に、一緒に歩めるんだね」
サクヤは、万感の思いを込めて、アトラスを抱きしめた。目頭が熱くなる。
「ああ……」
言葉少なに頷くアトラスは、心底安堵に満ちた顔をしていた。
キス一つ(?)で五年(^_^;)
まあ、サクヤとの年齢差も五歳位になって、丁度よかったのではないでしょうか 笑
次は、終章となる十六章「紡がれた想い」。
月星暦一五九九年から始まります。
(その前に、一話使って、ここ迄の年表『章と連携版』入れときました)
宜しくお願いします!




