◯月星暦一五九一年九月〈王立美術館開館〉
アウルムは早速、美術館の構想を練った。
立案者のサクヤは、最初の半年ほどは、積極的に尽力していたものの、急に実家のフェルター家に人が増えることになり、二年近く企画には参加出来なかった。
その間に、先ずは建物の建設が始まった。
展示品となる、貴族から寄贈された逸品などの選別は、モネの妹のダフネの主導で行われた。
モネが外出を好む方なら、ダフネは室内派と言えるだろう。
日頃から書物をよく読み、知識を蓄え、美術品に通じ、自身も絵を嗜むダフネは、目も肥えており、うってつけの人材だった。
復帰したサクヤは、『イディールとの約束』に集中した。
『ジェイドの遺品』をどう展示するか、というのは、なかなか扱いの難しい課題であった。
『木を隠すなら森の中』という言葉がある。
正確には、木の根と言った方が良さそうだが、同じ血を持つ者の中に紛れてしまえば、目立たないと、サクヤは考えた。
創国者ネートルか始まる、王家の家系図を洗い出し、該当する人物の肖像画を、城の倉庫や壁面の展示物の中から、一つ一つ探し出した。
各人、可能な限り、経歴をまとめ上げ、縁の品も紐付けて、一つの展示室内に収めるという方はを捻り出した。
『アンブル派』と『ジェイド派』に限ってしまえば、アトラスの顔に似た顔立ちばかりのジェイドの系列は、あまりの類似点に疑念を持つ者も居るだろう。
しかし、『ボレアデス家の系譜』にまで広げてみると、似たような顔立ちの人間は、ごろごろと居た。
大きな系譜の『一部』にしたことで、違和感は相殺されたのである。
ボレアデスの一部として、『ジェイド派の遺品』も分け隔てなく一緒に展示し、サクヤはイディールとの約束を果たすに至った。
歴代のタビスもまた、月星を彩る歴史の一つとして展示されることになった。
肖像画は王立セレス神殿から持ち込まれ、最後を飾るのは、二度と袖を通すことの無い訪問着姿のアトラスである。
※
構想立案から五年、王立美術館は無事に開館を迎えた。
サクヤとダフネは、それぞれ館長と副館長という肩書を得た。
開館式典では、館長のサクヤは大きな翠玉のペンダントを身に着けて登場し、密かに招待されていたイディールに感謝されていた。
美術館は貴族、庶民問わずに理解を得られた施設となった。
モネが情報誌で、特集を組んだ効果もあり、観光スポットとしても集客を集めている。
月の大祭時はデートスポットとしても若者達からも支持され、なかなかの盛況を博す場所となった。
画期的だったのは、展示室の一部を企画展専用にし、毎回様々テーマを定めて期間展示をするようにしたことだろう。
何度も足を運ぶ人間が増える。
その度にモネが情報誌で取り上げる。両者は持ちつ持たれつの関係になったとも言えよう。
また、サクヤは美術館の一画に、ギャラリー喫茶を設けた。
駆け出しの画家や、画家志望の者の為に、喫茶室の壁を展示スペースとして提供した。
休憩に来た客が気に入れば、購入も可能というシステムは、売りたい側、買いたい側両者から支持を得られた。
絵画が王侯貴族の為のものだけではないと、敷居を下げたと言えるだろう。
お読み頂きありがとうございます
十四章では背中姿になってしまった『訪問着姿のアトラスの肖像画』です。
え? あの後ろ姿と服が繋がらない?
なんのことでしょう(^o^;)




