間章■月星暦一五八六年十一月〜〈タビスの居ない世界〉
ユリウスという御伽噺は幕を閉じ、タビスという幻想も喪われた。
※※※
アトラスがユリウスとの約束を果たし、契約が終わった証として刻印を喪うに至った真実は、とても広められるような内容では無かった。
神殿と王室との間で、物議を醸すことになり、相当の時間を費やして落としどころが定められた。
議事録の内容は秘匿文書とされ、盟約達成直後に会った女神との一件——それも一部のみが伝えられるに至った。
月星の各神殿には、『女神の髪』が配られ、御神体として奉られることになった。
そして、経典には、新たな章が加えられた。
『月星暦一五八六年十一月の満月の夜。
禁域を越え、神域に立ち入ったタビスは、女神に祈りを捧げた。
不用意に入れば『神の祟り』に遭うと謂れている禁域だが、『女神の加護』をその身に受けているタビスは、立ち入ることが許されている。
タビスの求めに応え、女神は神域に降り立った。
五十年前の内戦の折、タビスによって『女神の意志』は果たされた。
しかし、手段を誤ったことを、タビスは啓示によって指摘された。
『人の身で、女神の大いなる意志を計るのは難しい』と述べたタビスは、自ら女神に『刻印』の返還を願い出た。
今代のタビスは、歴代のタビス中でも、一際、女神の寵愛を受け、その証は歳を取らないという形で現れていた。
女神は愛するタビスの意志を尊重し、今後ヒトに『代弁者』を担わせないと約束した。
タビスを喪っても、女神が愛を持って、この地上を見守って下さることは変わらない。
過ちもまた、女神によって糺されるだろう。
その『証』に、女神は御髪を一房賜ってくださった』
もはや『創作物』である。
「こうやって、『神話』ってヤツは、捏造されていくんだな」
アトラスが感想を漏らすと、サクヤに肘で小突かれた。
「神殿側も、苦肉の策だったのでしょうに……」
「想像力、たくましいよな」
「……」
サクヤには呆れた視線を向けられた。
仮にも『タビスだった者』が言って良い言葉では無い。
※※※
刻印を無くしたからと言って、アトラスがさくっと神殿と縁が切れるわけもなかった。
せめて神官ではいてくれという神殿側と、『タビス』という幻想に縋るのはお終いにしろというアトラス側の言い分は、平行線を辿ることになり、王が仲裁に入って妥協案が出されることになった。
一、月の大祭には『タビス役』として参加せよ。
ニ、王家と神殿との橋と在れ。
アトラスは『タビス役』を引き受けることを了承したが、『四年に一度、七回のみ』という条件を出し、神殿側も受け入れた。
『二十八』という数字は、月の満ち欠けが一回りする、おおよその数字として縁起が良いと言われてきたことに起因する。
数年のうちに、止まっていたアトラスの刻は動き出すという言質をセレスから取っており、舞の精度を、いつまでも保っていられるわけではないという言い分に、神殿側が折れた形である。
『二』に於いては、無条件で飲んだ。
つまるところ、王族の『慶事』『忌事』の際には、神殿側と調整して指揮を執れと言うことだ。
アトラスが断る道理はない。
大神殿にも、王にも、誰にも相談もなくアトラスが独断で勝手に刻印を女神に《《返して》》来た。
傍から見ればそういう構図だが、『タビス』が決めたことならば、それは『女神の意志』であり、『女神が受諾したのだから』と受け入れられ、アトラスに対する批判は面白い程に無かった。
それで納得されてしまう事実《刷り込み》が、空恐ろしい。
結局、最後まで『タビスの一言』のおかげで、アトラスは事なきを得てしまった。
タビスはもう生まれない。
タビスという幻想も人々の記憶からそう遠くないうちに霧散していくことだろう。
そもそも、神の代弁者がヒトであって良いはずが無かった。どうしても、そこにはヒトの意思が介入するからだ。
かくいうアトラスも、面倒くさくなると、何度となく刻印で、相手を黙らせてきた。
その『女神』も、肉の身体を持つ意志ある存在である。
髪の毛という形で、その事実を示唆する結果になった。
今は女神が確かに居るという希望ととられているが、この先どう作用していくのかは、アトラスにも判らない。
肉体を持つ生き物である以上、物事を考え、判断を降す存在だということ。その判断が、必ずしもヒトが求めるものではないことをヒトはいつの日か思い知るのだろうか。
月星人が女神と崇める存在、アトラスが会ったセレス……セリエルアスは神の如く、御業としか言えない能力を持つ存在かも知れないが、神ではない。
だが、セレスによって、ヒトは世界の仕組みを知り、過去のあらましを教えられた。
ユリウスの過ちは、かつてヒトが犯した大災害を未然に防ぐために、ヒトのあらゆる可能性を潰して、無に還そうとしたことだ。
ヒトが再び誤った道を進もうとするならば、今度はセレスがユリウスを上回る絶大な能力を用いて、制裁を下すだろう。
セレスが世界の成り立ちを話したのは、『道を誤るな』と、遠回しに牽制だったのだとアトラスは考えている。
セレスは、確かに『この世界』を見守っている。
ヒトが信じる『慈愛の女神』としてでは無く『制裁の鍵』を持つ者として。
セレスはある意味、残酷な迄に『女神』なのかも知れない。
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