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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十五章 女神降臨
332/374

□月星暦一五八六年十一月②〈千年〉

挿絵(By みてみん)

◯ユリウスの独白


 始まりの男が没して、百年程間が空いた。


 その魂は、商人の息子として産声をあげた。

 痣は太腿の内側に顕れ、殆ど知る者はいなかった。

 神殿の機能が、今程働いていなかった為、男はタビスだと知られること無く一生を過ごした。

 対の女とは歳が離れていた。

 商家に雇われた女は、母親の様に男を寄り添い続けた。



 次の人生は、殆どを奴隷として過ごした。

 当時は、人も売買されていた時代だった。

 刻印が首から頬にかけて浮かんだ為に、母親が気味悪がって、奴隷商に売り飛ばした。


 悪魔の子供と蔑まれ、生気のない卑屈な少年に育った。


 対の女もまた奴隷だった。

 奴隷商から売られた先の、館の下働きだった彼女は、ひどく当たる主人からことあるごとに少年を庇い尽くしたが、少年が心を開くことはついぞなかった。


 やがて神殿関係者に拾われるも、怯える性根は変わることは無く、その生涯は短かった。



 次に生まれた先は裕福な貴族の息子だった。

 タビスの親だと父親は、王城で幅を利かせ、好き放題に議会を動かした。

 タビスである息子も、父親の言いなりに『女神の言葉』を使い続けた。

 彼は自我の無い、ただの操り人形も同然だった。


 始まりの男に見た高潔さなど微塵も感じられなかった。


 この時は対の女には会えず、父親の政敵に父子諸共暗殺されて生涯を閉じた。



 魂が同じだからと言って、同じような人間が出来上がるわけでは無いと思い知った。


 それでも諦められずに、ユリウスは始まりの男の魂を追い求めた。



 次の生まれは貧しい農家の息子だった。

 両親が楽になるのならと、男は神殿からの使者の求めに応じた。

 心根の優しい少年ではあった。


 男の幼馴染だった女は、自分が誰だか解っていた。

 女は男を追いかけ、自らも神官となり側に居続けた。


 だがそれだけだった。


 男は神殿に求められるままに女神に殉じて、生涯を閉じた。



 次の生は、異国の王太子として生まれた。

 王族は神の子孫とされ、王は現人神と崇められる国だった。

 月星とは国交はあっても、親密では無い。神官は王太子である男がタビスだと気づいたが手を出せなかった。


 やがて男は王となった。


 女は月星の王女だった。

 王女は神官達によって、異国の王の妻にと送り込まれた。ユリウスがそう仕向けた。


 王は王女を気に入り、王妃とした。

 夫婦仲は良く、王は女を愛した。

 だが、王が神と祀られる国で、男が月星の最高位の神官タビスだとは、さすがに女も言えなかった。

 男は、刻印の意味すら認識することなく生を終えた



 それから何代見送って来たかわからない。


 女と番えるように手を貸し、命に危険があるようなら生き残る道筋を示し、約束を示唆しては落胆し続けた幾年月。



 気づけば千年を超える月日が経っていた。



 やがて、今代のアトラスが産まれる画を捉えた。


 二人の王が正統性を主張する月星で、一方の王の息子として生を受けた男が、この激動の時代を生き残る道筋は示した。


 男は言われるままに、道具として使われるばかりの少年時代を生き抜いた。


 正直、ユリウスは今回も期待はしていなかった。


 だが、今回の男は自らタビスであることを疎み、封じ、外へと一歩を踏み出した。


 初めてのケースだった。

 ユリウスは興味が湧いた。


 女の方は、始まりの《《二人》》の子孫として生を受けた。


 さかんに男の居る月星に憧憬を持つ少女時代。

 巫覡の家系に産まれた女は、巫覡だった始まりの女の生まれ変わりでもある。

 何かを感じていたのかも知れない。


 何の因果なのか、始まりの地で女の兄が魔物に憑かれるのが視えた。


 これは使えると思った。


 遠い昔、剣が魔物に対抗する手段だと広めた土台が、未だに生きづいていた。


 女は自らの意思で月星に向った。


 ユリウスは二人が出会えるよう、手を貸した。


 状況が整わない為、女には『記憶を喪っている』という()()をかけた。『本名を呼ばれたら全部思い出す』という鍵も仕込み、二人には旅をして貰った。


 辿り着いた女の故郷で、想定通りに魔物に関わった男は、女の幼馴染を庇い、想定外に女の刃を受けた。


 始まりの男ならきっと同じことをしただろう。そう思ったら、ユリウスは反射的に救ってしまっていた。

 この男なら、もしかしてと思ってしまったのだ。

 魔物の再来を示唆してやると、男は凍える山を越え、剣を求めた。

 その姿勢に、始まりの男の面影を見た気がした。

 成してくれるのはこの男だと直感した。

 やっと剣を預けることができたことに歓喜した。


 

 周りが禁と言おうとも、我を通した始まりの男。

 周りに英雄と讃えられても、自らの行いを罪と否定する今代の男(アトラス)


 向く方向は違えど、流されない瞳に、同じ色を見た。

 

 人間の生は短い。

 男が盟約を成す前に居なくならぬよう、渡した剣には仕掛けが施してあった。


 ユリウスの刻印を持つ契約者が、初めて剣を抜いた時、その者の最盛期で刻が停まるように、仕掛けは働きかける。


 完全に停める訳ではない。

 そんなことをしたら、さすがに死んでしまう。

 実際には、老いる速度が三十分の一になるだけだが、人間にとっては止められたと感じるだろう。


 剣が私の身体を壊した時に、仕掛けは解除され、その者の時間は通常の速度に戻る。


 女の方は病で早々に命を落としたが、今回は直ぐに生まれ直す画が視えていた。


 再びつがいを得た男は、今度こそ盟約の意味を理解したようだ。

 始まりの男のことを識り、己が道程を理解し、肚を決めた。

 


   □□□



 規則正しく砂を嚙む足音が聞こえてきた。

 ユリウスの胸は高鳴った。


 とうとう来てくれた。

 どれ程この瞬間を待ち焦がれていただろう。


 蒼白く落ちる、月明りの下に浮かぶシルエット。

 青灰色そらいろの瞳がひたとユリウスを見つめていた。


 彼の名前はなんと言っただろうか。

 瞳の色が違おうが、姿が異なろうが、待ちわびたその人であることは間違いない。


 きつく結ばれた口許。

 強張った相貌は緊張しているのだろうか。


「遅かったね、待っていたよ」


 ユリウスは嬉しさのあまり、口角が上がるのを抑えられなかった。


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