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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十五章 女神降臨
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■月星暦一五八六年十月⑦〈遺産〉

 アウルムはサクヤを連れてきていた。

 遅くなった理由は、サクヤを呼び出したかららしい。


「何故、サクヤを?」

「マイヤが連れて行けと。彼女もはっきりと視えているわけではなさそうだが」

「なるほど」


 意図は判らずとも、巫覡がそうした方が良いと言うなら、いずれ必要になるということだろう。

 考えても仕方がない。


 レゲンスはモネと情報案内誌ガイドブックの案を煮詰めてくると、入れ違いで出ていった。 



 増築された図書館新館の、倉庫の一つにアウルムは四人を案内した。


扉には厳重に鍵がかけられ、『アウルムとアトラス、及びいずれかが許可した者以外の入室を禁ずる』と書かれている。


「ここは?」

 アトラスはアウルムを見やった。

「見れば判るさ」


 中は埃とこもった空気の匂いがした。

 窓を開いて換気をし、灯りを点ける。

 外した埃よけの布の下に置かれていたものは、アトラスが予想もしていなかった物ばかりだった。


 棚には書類や本、年代物の宝飾品類、揃わない食器や筆記具、欠けた装飾タイルや壁紙の一部などが整然と並べられていた。

 一脚だけの椅子、サイドテーブル、鏡の外れた鏡台など小さめの家具の類も見える。


「これって……」

 イディールが言葉を失った。


「ジェダイトの城にあったものだ」

 アウルムが説明する。


「私が集められたのはこれだけだった」

「……」


 イディールは、革張りの表紙の手帳を手にとって開いた。


 後ろから覗き込むと、かなりくせの強い字で、びっしりと書き込まれているのが判った。


「お父様の字だわ。この悪筆」


 少し笑みを零して棚に戻すと、猫足の鏡台の前に立った。


「これ、私が使っていたものだわ」

 

 飴色に仕上げられ、材質は胡桃の木だろうか。螺鈿で細やかな模様が施されている。


 イディールは台の上の傷に指でなぞった。


「私が香水の瓶を落として付けた傷なの」

 その声音は、少し湿り気を帯びていた。



 棚の後ろ側には、肖像画が何枚も並んでいた。


 イディールはフィリアに向かって、一枚の絵を示した。


「この方はモナク様。アウルム陛下達や私の高祖父にあたります」


「アウルム様とアトラスによく似てるわ」

 サクヤが驚いていた。


 モナクは青灰色そらいろの瞳に青みがかった砂色の髪をしており、二人によく似た顔立ちをしていた。

 モナクの両脇には二人の青年が描かれていた。


「よくこんな絵が残っていたな」

 アトラスも驚いた。


 内戦の発端になった兄弟、ジェイドとアンブルが同じ一枚の絵に収まっている。

 アンバルの城には、ジェイドの肖像画は焼かれて残っていない。


「ジェイドは追い出したアンブルを、憎んでいた訳ではなかったのか?」

「仲の良い兄弟だったらしいぞ。元凶はアンブルの母親だよ」

「バシリッサか」 


 アンブルの母親でありながら、バシリッサはアンブル派でもあまり良い伝わり方をしていない。

 黒い噂は絶えず、モナクの遺言を捻じ曲げたという話は、アトラスでさえも案外本当かも知れないという気がしている。


 繊細な部分に触れてしまう為、それ以上は踏み込まずに、次の絵に移った。


「なんだ、これは……」

 続いて見た肖像画に、アトラスは絶句した。


「これはジェイド様の息子、私にとっては祖父のスフェン様の若い頃。……改めて見ると、あなたにそっくりね」


「もはや俺の肖像画と言われても、信じてしまいそうだ」


「見つけた時、この絵はいの一番に隠したよ」

 アウルムも苦笑している。


「血縁者同士で、莫迦なことをしていたということが、よく判るわね」

 

 イディールは溜息を漏らして、次の絵に目を移した。


 青灰色の瞳に青みがかった砂色の髪、髭を蓄えた人物のその顔をアトラスは知っている。


「……ライネス王」

「そう、私のお父様」


 絵には妻と娘、つまりイディールとその母親も並んでいた。


「やっぱり私、可愛かったわね」

 イディールは絵の中の自分を指さして笑う。


「これ、おばあちゃん?」

「そうよ。美人でしょ」


 十代の、フィリアよりも幼いイディールが、豪奢なドレスを纏って、花のような笑顔を振りまいていた。


「たしかにわたし、おばあちゃんに似てるかも」

 フィリアが驚いている。


「モナク様、スフェン様、ライネス様におばあちゃん、アトラス様も髪の色が似てますね」


 フィリアは、なかなか際どいところに目をつけた。


「始祖ネートル様の髪の色なの。血に出やすい色らしいわ」

「ボレアデス家の血って濃いのね」

「違いない」


 イディールの説明に、サクヤが妙な感想を挟み、アウルムが同意して有耶無耶にした。


 フィリアはイディールとアウルムの初対面に同席していたのだ。言及はしてこないが、案外気付いているのかも知れない。



 しばらく、じっと絵に見入っていたイディールはアウルムを見上げて微笑した。


「アウルム様、懐かしいものを見せて頂き、ありがとうございました」


 アウルムが戸惑った顔をした。


「イディール殿、私は貴女にこれらをお返ししようと思って呼んだのだが」


「今更、要りませんわ」

 清々しくイディールは断言する。


「もう、私には不要のものですもの」


 思い出したように、イディールは服の下のペンダントを引き出し、外した。

 見事な翠玉エメラルドだった。


「母の遺品ですの。コレクションに加えて下さい」


「イディール、物は使われてこそ価値がある。こんなところで埃を被る位なら、あんたが持っていた方が良い。でなきゃ、フィリアに渡してやれ」

「私もそう思う」

 アトラスの言葉に、アウルムも頷いた。


 イディールは孫を見やる。

「フィリア、要る?」

「貰っても困る」


 フィリアはふるふると首を振った。


「持っていても使えない首飾りは、無いのと一緒です」 


 こんなに大きな翠玉エメラルドはけっこうな価値があるはずだが、豪華すぎて普段使いは出来ないなら要らないと、フィリアはあっさり断った。


「なら、貴女かな」


 イディールはサクヤの手の中にペンダントを落とした。


「なぜ、わたし?」

「マイヤ陛下は未来視さきみの巫覡なのでしょう? その方が貴女を同行させたことに意味があるなら、そういうことなのでしょう」


 マイヤには会ったことは無いイディールだが、噂や今までのやり取りで判断したのだろう。


「サクヤさん。いつか……二十五年後がいいかな。資料館でも作って愚かな七十五年の歴史と一緒に、ここの物を展示してよ。それまで、首飾りは預けるわ。夜会にでも着けて頂戴」


 二十五年後。開戦して百五十年目の年である。


「……何故、わたしに頼むの?」

「外国人の貴女の方が、客観的に物事を見られるでしょう」


 二十五年後。

 おそらくイディールもアウルムもこの世にはいない。アトラスは不確定。フィリアを除けばサクヤが一番確率が高い。


 サクヤは考える顔付きになり、やがてアウルムを見あげた。


「アウルム様、美術館を建てましょう」

「美術館?」

「お城には日の目を見ずに眠っている名品、芸術品は山程あるでしょう?」 


 アウルムが考える顔付きになった。


「良い案です、サクヤさん。お城や貴族の方がたの凄いものって、憧れの対象ですよ。みんな、見たがると思います!」


 フィリアがキラキラした目を向け、アトラスも頷いた。

「観光資源にもなるな」

 

「その一角に、ここのものを展示する場所を作るということね?」

「そう。別に二十五年、待たなくても良いと思うの」


 どうでしょう? と、サクヤがアウルムを見つめた。


「貴族連中も巻き込めば、展示物はあっと言う間に集まるな。どこの家も、先祖のものだからと捨てるに捨てられない逸品が、倉庫に溢れているだろうよ」

「どこかの花瓶みたいにね」

 アトラスの言葉にイディールが含み笑う。


「月星初の王立美術館。大仕事になりそうだな」

 アウルムは頷き、サクヤを見やった。


「初代館長殿には、お手伝い願うよ?」


 ぽかんとするサクヤ。

「わたしが館長?」


 にっこりとアウルムに微笑まれたサクヤは、アトラスに助けを求める視線を送ってきた。


「言い出しっぺだしな。大丈夫、巫覡のお墨付きだ」

「期待してるわ」

「楽しみです、サクヤさん」

 

 同じ先祖を持つ四人に囲まれて、サクヤは観念したらしい。


「承りました。開館記念式典《オープン記念セレモニー》には、このペンダントを着けてお披露目するから、絶対来てね」


 サクヤはイディールの目を見据えて微笑んだ。

お読みいただきありがとうございます

気軽にコメントやアクションなど頂けたら嬉しいです

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六章〈肖像画〉回収回。やっと!

十三章のイディールのペンダントも回収。お母さんの形見はエメラルドでした。

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