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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十五章 女神降臨
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■月星暦一五八六年十月⑥〈適材〉

 大祭翌日の昼下がり、アトラスは図書館に行くようアウルムに指示されていた。


 通された図書館の応接間には、イディールとフィリアが既に席についていた。

 アウルムの姿は無い。  


 イディールが、立ち上がってアトラスを迎えた。


「アトラス、昨夜は良いものを見せて貰ったわ。素晴らしかった。ありがとう」


 イディールに『アトラス』と直に呼ばれたのは初回以来かも知れない。


「あんたに満足してもらえたなら、俺も嬉しい」


 照れくさくも本心だった。


 フィリアも「素敵でしたぁ」と深々と頭を下げてくる。 


「やっぱり大神殿は違うわね。荘厳さが相まって、格別だった」

「そうなのか」


 アトラスは大神殿以外を知らない為、答えようがない。


「冥土の土産になった」というイディールに、あと二十年くらいピンピンしていそうだと思ったのは内緒だ。


 ノックの音に扉を開けると、司書が伝言を持ってきた。


「アウルム様は少し遅れるそうです」


 伝えに来たのはレゲンス・クニーガー。

 アトラスが文字通りに若い頃、図書館の館長をしていたリベル・クニーガーの曾孫である。

 モネにやらせている、情報誌作りの協力者でもある。


「レゲンス、原稿見たぞ」

「どうでした?」

「よく出来てるが、高級嗜好に偏り過ぎだ」


 モネが『お嬢様』である以上、ある程度は想定していたが、『たまに来た街でちょっと贅沢を』という観点コンセプトにしても、値段設定が高すぎる。

 貴族にしか需要ニーズの無い情報誌では意味が無い。


「街頭アンケートでも取りますか?」

「それも手ではあるんだが、身近にあるものに価値を見出すのは、たいてい外からの目なんだよな。いろんな街を知っていて、比較できる者なら、なお良い」


 庶民も旅が出来るようになった世の中とはいえ、まだまだそう頻繁に行けるわけではない。


「しかし、そんな人材はなかなか……」

「それはそうなんだが……ん?」


 アトラスの視線がフィリアに止まった。


「……居た」

「な、なんですか?」


「フィリアはハルス商会の従業員という訳ではないんだよな?」


 いきなり振られて、目をパチパチしながらフィリアは頷いた。


「はい。お手伝いはしますが、従業員ではないです」


「でも、兄達に付いて、色んな街に出入りしてるんだよな?」


「はい。でも付いていくだけです。行った先では美味しいもの食べ歩いたり、見物したりしてるだけで……」

「適材じゃないですか!」


 レゲンスが食いついた。


「フィリア、モネの仕事を手伝ってみないか?」


「モネさんのお仕事?」


「モネさまは、街の名物や美味しいものの情報を、街の外から来た人が分かりやすく得られる本を作成しているのです」


「フィリアみたいに他の街も知っていて、手頃で良いものが判る目線があると、非常に助かるんだ」

 

「面白そうです!」


 フィリアはイディールを振り返った。


「おばあちゃん、わたし、やってみたい」

「貴女が自分の意思でしたいと思うことなら、私は反対しない。するなら責任を持って、ちゃんとやり遂げなさい」 


 イディールも二つ返事で許可した。フィリアの親の承諾は要らないのかと聞いたが、本人の自主性を尊重する教育方針だから構わないのだそうだ。 


「フィリアさんなら、モネさまも安心ですね」


 既にフィリアのことを知っている口ぶりで、レゲンスが喜んだ。

 フィリアが不思議そうな顔をする。


「申し遅れました。私はこの図書館の司書をしています、レゲンス・クニーガーと申します」

「レゲンスには、図書館側から専門分野の観点で、協力をして貰っている」


 フィリアが納得、という顔をした。


「レゲンスさんって、モネさんの好きな人ですよね!」

「ちょっ……!?」


 レゲンスの耳が赤くなった。

 アトラスの顔が『父親』のものになる。


「ほう?」


 アトラスが獲物を見つけた猫のように見つめると、レゲンスが鯱張った。


「モ、モネさまとは清く真摯にお付き合いをさせていただいています!」


 レゲンスの声が裏返っている。


「それで?」

「ル、ルネさまにも先日ご挨拶をさ、させていだきましたっ!」 


 フィリアは口を滑らせたと、目を泳がせた。


「あんまり若い人をいじめちゃ、気の毒よ」


 レゲンスはアトラスから見ても信用できる好青年である。反対する理由は無い。からかっただけである。

 イディールには見透かされていたようだ。呆れ顔で嗜められた。

 


 アウルムが来るまで間があった為、少し情報誌の問題点を挙げてみた。


「記事を増やすと、ページが嵩張って予定販売価格を越えてしまいますね」 


 フィリアの視点を入れるなら、モネの記事を削らなければならない。どこまで削るかが焦点になりそうだ。

 お手頃情報を加えて、情報誌自体がお手頃価格でなくなってしまっては本末転倒である。


「いくらかお店の広告欄を設けて、お金を出させれば良いじゃない」


 イディールがあっさり解決案を出してくれた。さすが商会創業者。視点が違う。


「でも、あんまり厚くて重い本は持ち歩きたくないかもです」

 フィリアからも意見が出てきた。

「そうね。その重さ分、お土産持ちたいわよね」

「なるほど」

 イディールが同意を示し、レゲンスが目を瞠る。


「小出しにすれば良いんじゃないの?いっそう季刊誌にでもすれば、継続して買う人もでてくるでしょう?」

「たしかに。薄くて販売数も稼げる。良い案です!」

「季節限定商品をだしてるお店も、最近多いんですよ」

「季節ごとに特集を組んでも面白そうですね」


 違う視点を入れるだけで、柔軟な案が湧いてくる。

 一冊目の需要次第だが、継続できるようなら城の管理下から切り離して、情報誌専門の出版社として立ち上げても良いかも知れない。


 アトラスがそんなことを考えているうちに、アウルムの到着が告げられた。



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