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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十五章 女神降臨
328/374

□月星暦一五八六年十月〈半分〉✩

挿絵(By みてみん)

□サクヤ

☆閲覧注意


 月の大祭は、二部構成である。


 大聖堂での行事を見終えると、イディールはフィリアを連れてブライト邸に戻っていった。


 後半は王城での宴に装いを変える。こちらは王族、貴族の社交、外交の色が濃い。

 表立ちたくないイディールには、無用はの場所だろう。


 今回の大祭は、誕生した王女のお披露目も兼ねていた。


 ぐっすり眠っている王女のゆりかごを傍らに置く王妃フィーネに、客はこぞって祝福を述べ贈り物をしている。

 アトラスとサクヤは、最低限の挨拶を終えると早々に宴を辞した。


  ※


 紫紺宮に戻ると、二人にも夜会用の衣装はさっさと脱ぎ捨てた。

 レイナの侍女だった、ストラの夫の紡績工場が、文字通り編み出した織り方のおかげで、衣装そのものは昔よりは相当軽くなってはいる。

 とはいえ、こういう堅苦しい衣装は不思議なもので、家《紫紺宮》に帰ったとたんに煩わしくなる。


 サクヤもアトラスも、各自風呂を済ませて寝衣に着替えると、主寝室の大きな寝台に、当たりまえの様に二人並んで横になった。



「俺の舞はどうだった?」

「完璧だった。これ以上ないくらいに美しくて見惚れたわ」

「自分でも、今までで一番の出来だったと思う」


 俺の集大成だと感慨深そうに呟き、アトラスは未明の月に目を向けた。


「タビスだからと、何かを強いるのも強いられるのは嫌だったが、あの舞台で舞うのは嫌いじゃなかった……」


 つんとした独特の香の匂い。

 月琴の奏でるリズム。

 一種独特な空気の中、観覧席の無数の蝋燭の灯りは星々のよう。

 降り注ぐ月の光に照らされて舞うのは、宙に昇るような解放感があって気持ちが良かったのだとアトラスは語る。

 

「イディールとの約束も果たせた。最高のものを届けられたと思う」


 月に照らされたアトラスの横顔を、サクヤはじっと見つめていた。


 サクヤの位置からは逆光になり、輪郭しか見えない。暗がりに沈む表情までは読み取れなかった。


「これで終わりだ。やり残したことは無い」

「いいえ、まだ残ってる」


 起き上がるとサクヤは、アトラスの身体に馬乗りに跨がった。


「サクヤ?」


 怪訝な顔をするアトラスを無視して、サクヤは彼の寝衣の紐を解いて捲りあげた。


 肋骨の上を指でなぞる。

「こことか」

 続けて肩、左の上腕にも触れた。

「こことここもね」


 どれも、かつては傷痕があった場所だ。


「背中の二つの矢傷も、脛の鐙に挟まれたところも無いよね」

「それは……」


 アトラスが目を逸らした。


「解ってる。こんなことが出来るのは、ユリウスしか居ない」


 ユリウスなら出来る。手をかざすだけで可能だ。


 それならそうと、言えば良い。


 だがアトラスは隠そうとした。傷痕が無いことを見せまいとしていた。


 ならば答えは一つしか無い。

 口にしたくない方法だったということだ。


 例えば、身体を重ねるとか。


「わたしが、気付かないとでも思った?」

「ち、違うんだ、それは!」


 アトラスはもう、妻に浮気が見つかった夫のような態度になっている。


 サクヤは右手の人差し指でアトラスの唇を塞いだ。

 左手では、肩をがっちり押さえた。

 

(わたし、こういうことも知ってるんだよ。サンクの稽古を受けてきたんだもの)


 人間の身体は、肩を押さえ込まれると案外動けない。


「わたしの知らない二十五年間を、詮索なんてしないよ」


 色々と理由を付けて、サクヤを受け入れることを先延ばしにしたアトラス。


 ユリウスの場合も同じなのだと、サクヤは理解していた。

 

 本気で探せば、もっと早くユリウスは姿を現しただろう

 手段は手元にあり、方法は解っていながら、アトラスは先延ばしにしていた。


 なりを気にし、残されることに怯えながらも、アトラスの決心はついていなかった。


 喪うことを恐れるアトラスは、ユリウスを喪うこともまた怖かったのだろう。


 ユリウスが姿を現さなかったのは、見透かされていたということだ。


 サクヤは胸の傷があった場所に唇を落とした。

 アトラスがびくっと反応する。

 それでサクヤは確信した。


(アトラス。わたし、あなたのことを愛してるんだよ。だから判るんだ。あなたに同じ目を向ける人のことはね)


 アトラスが自ら身体を許すはずはない。抗えない状況だったのだろう。


「わたしに悪いとか、思わなくていい」


 アトラスはユリウスを語るときに、怒りを覗かせるも、『仕方がない奴……』という瞳をする。


 アトラスはとっくに赦してる。

 それどころか、アトラスがユリウスを語る眼差しの名前も、サクヤは気づいていた。


「アトラス、ユリウスの痕は、わたしが半分引き受けるから」

「何を言っ……」


 サクヤを先を言わせず、口で唇を塞いだ。


 初めてサクヤに心を開いた夜、アトラスの態度は、何かを拭い去ろうとしているようにも見えた。


 今ならその理由も解る。サクヤにはもう、想像がついている。


(アトラス、お忘れかも知れないけど、私はそこそこ勘は良い女なんだよ?)



 サクヤは次の傷痕の跡をなぞった。アトラスの心臓が跳ねる。


 アトラスの傷痕を消すことで、ユリウスは傷を刻んだ。


(全部は無理でも半分はもらい受ける。わたしで上書きする)


 抵抗しようと伸びる腕を、指先を絡めてサクヤは封じた。


「アトラス、わたしを見て!」

 

 記憶の痛みに、堪えるような相貌(かお)を見せたアトラスがサクヤを認める。


「サクヤ……」

「半分だよ、アトラス。半分はわたしが持っていく。罪悪感も哀しみも痛みも愛も、わたしが半分受け持つから、あなたは気負わなくて良いんだよ!」

「愛……? 」


 アトラスが目を見開いた。身体から力が抜ける。


「サクヤ、愛してる」


 アトラスの頬を涙が伝った。


「俺はきっと、ユリウスのことも愛していたんだ」


 人に向けるものとは違うかも知れない。

 だが、その感情に名前をつけるとしたら、やはり『愛』としか言えないのだろう。


「……孤独だったんだ」


 やがてアトラスは、ぽつりと零した。


「あの頃の俺は、理由わけの解らない身体を抱えて、アウルムに会うのも怖くて、孤独だった」


 絡めた指に力がこもった。


 マイヤやサンク夫妻と、アトラスにも理解者は居た。

 だが、マイヤは娘。サンク達は従者。対等とは言えない彼らに、アトラスが全ては曝け出せた筈がない。


「刻を止めるなんて芸当、出来るのはユリウスしか居ない。だから折を見ては探した。散々探したのに見つからなくて。なのに、ある日突然、あいつは俺を呼び出した……」


 サクヤはそれが、アウルムの言っていた十年のことだと悟る。


「あの時。初めて、あいつが恐ろしいと感じた。無理やり抉じ開けられて、腹が立った。殺してやりたいくらい憎んだ。だけど、同じくらい、共感してしまったんだ……」


 目を閉じるアトラスの双眸から、更に涙が溢れた。


「あいつも孤独なのだと。この世界の異物なのだと。そう思ったら、あの不器用な存在を……」


『愛しいと感じてしまった……』


 口にしなかった部分は、雄弁に表情が語っていた。そう思ってしまった自分に対してもアトラスは腹を立て、ユリウスのせいにして平穏を保とうとしたのだろう。


 ユリウスの方は、アトラスが『許せない』と思うことをして誘導を試み、失敗したのだと思った。

 アトラスは恩は恩で報いる人間だ。ユリウスを憎み切るには、足りなかったのだ。


「……それでいいの」


 サクヤはアトラスの涙を唇で拭った。


「アトラス。わたしたちは一緒に歩むの。ならみんな、分かち合えばいいんだよ。一人で抱え込むことはないの!」


(だから頂戴。ユリウスの愛もわたしが貰ってあげるから、一緒に背負ってあげるから、みんな頂戴……)


「空いた穴はわたしが埋めるから。わたしで埋めるから!」


 未明の望月の光を背中に受けながら、サクヤは身体全部でアトラスを受け止めた。


お読みいただきありがとうございます

————————————————————

十章のみそぎ回です


()()()は、()()考えたのであって、ユリウス側の言い分という訳では無いです。さすがにアシエラの姿だったとは思っていません(^_^;)


挿絵(By みてみん)

【小噺】

レイナの侍女で衣装担当していたストラ。

ストラはレイナの死後、城勤めを辞めて夫の事業の紡績業に貢献。布地を通して城ともハールとも付き合いは続いていました。

質感は変わらず軽量化、丈夫だが軽い布地に定評があり、ハールがよく仕入れています。

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