■月星歴一五八六年六月〜九月②〈調査②黒塗り〉
サクヤが竜護星にて『アシエラ伝』について調べている間に、アトラスは月星に向かった。
大神殿にて、初代のタビスとユリウスについて調べたいと、古文書の閲覧を申し出た。
タビスの要望を、神殿が阻むはずがない。当然、快諾された。
「タビス様が、歴代のタビスに興味を持って下さる日が来るなんて!」
大神官プロトは、涙ぐんで喜んでいた。
「調べたいのは、ユリウスについてもだ」
プロトには『タビス』という単語しか頭に入らなかったようなに見えた為、アトラスは念を押した。
「御伽噺のユリウスですか?」
案の定だ。
プロトは、きょとんとした顔をした。
「そうだ。初代タビスは、ユリウスに会ったことがあるからだ」
「そうなのですか?」
初耳だと、プロトは首を傾げた。
「ユリウスから言質がとれている」
アトラスが答えると、プロトはますます不思議そうな顔をした。
「まるで、ユリウスに会ったことがあるように聞こえますが?」
「さてな。すべてが判ったら話してやるよ」
今はまだ、詳細を説明をする時期ではない。『女神の刻印』が実は『ユリウスの刻印』だったなどと言ったら、調査前にプロトは腰を抜かしてしまいそうである。
「約束ですよ」
「片が付いたらな」
「……?」
怪訝な顔をしながらも、大神官プロトは早急に人員を手配してくれた。
タビスの為ならばと、各神殿は当たり前のように、かなりの人数の神官を割いてくれる。
古文書の類は、保存の観点から図書館の禁書庫内に、集められていた。
資料は数代前の大神官が、『タビスがタビスたる条件』について調べた以来、触れられていない。(※1)
誰もがそう思っていた。
「なんだこれは?」
古文書を広げ、驚きを口にしたのはアトラスだけではない。
「貴重な資料になんてことを!」
「誰なのです? こんな、酷いことをしたのは!」
「古文書にこれは!? 書物への冒涜です」
怒りと残念がる言葉が神官、司書双方から漏れるほどに、書物には黒塗りの箇所があった。
都合の悪いことに、調べたい創国の物語に関わる部分に、際立って多い。
執拗に塗りつぶされているのは、初代タビスの名前と地名らしかった。
禁書庫に入れることが出来る人間は限られる。余程の例外でなければ、入館者は館長の許可と名前の記入等の手続きが義務である。
例外ーーすなわち王。
アトラスも一度、王と勘違いされて無記名で入ったことがある身ではあるが、当時調べたのは禁域の場所だけである。
一応現王レクスに問い合わせると、禁書庫に入ったことすら無いと返答してきた。
館長からも裏付けがとれたので、間違い無い。
アトラスがなにやら始めたと聞きつけたアウルムが、タイミング良く図書館に覗きに来ていた。
「何か、面白いことをしているらしいじゃないか?」
黒塗りの資料の話を尋ねると、
「そんなことをするのは、アセルス陛下しかいないだろう」
と、苦い答えが返ってきた。
「何故、あの人はこんなことを?」
「察するに、初代タビスの名前がアンブルを脅かす意味をもっていたのだろう」
そんな話を聞けば、一体どんな名前なのか、ますます気になってくる。
「タビスについて調べ始めたと聞いたぞ。急にどうした?」
アトラスは、図書館内の個室にアウルムを誘った。
館内には大机の他に、誰でも使える個室がいくつも設えてある。
「俺は、サクヤと生きることを決めた」
「それは喜ばしいな。何かきっかけはあったのか?」
「アウルム、サクヤはレイナだった」
アウルムは今更という顔を浮かべたが、黙って先を促した。
「サクヤが最後の夢を見た。レイナが亡くなる前の夜、ユリウスが訪れて俺に会わせると約束したそうだ」
ユリウスが盟約を果たさせるために、『タビス』という存在を生まれ変わらせているらしいことだけは、アウルムとハイネに話したことがある。
良い機会だと、アトラスはユリウスの残した言葉から、マイヤと結論付けた説をアウルムに話した。
ユリウスと盟約を結んだのが、初代タビスと呼ばれた男であること。
その男は竜護星の始祖アエラの恋人だったが、禁を犯して追放されたらしいこと。
男は次の生でアシエラと歩む道をユリウスに願うも、ユリウスの望みを果たさず死んでいったこと。
ユリウスは一方的に約束を果たし続けるも、叶えられない対価を支払わせるべく、今代のタビスであるアトラスの刻を止めたこと。
『女神の刻印』は、ユリウスが目印として刻んだ『ユリウスの刻印』だということ。
月星創始者ネートルが、『刻印』を持った男を『タビス』と信じたことから、『刻印』を持つ者が『タビス』とされたこと。
「初代の望みは、レイナがユリウスに導かれて、サクヤとして『刻印』を持つ俺のところに現れたことから、それが答えだろうということになった」
黙って聞いていたアウルムは、深く息を吐き出した。
月星人なら根底を覆えされる大暴露だが、アウルムはそこには触れなかった。
「お前は、サクヤ殿がレイナ殿だったから、彼女と生きる決心がついたのか?」
「違います。関係ないとは言わないが、とっくに俺はあの娘に惹かれていた」
「それにしては、随分待たせたようだが」
サクヤと遭って、既に一年半近い。
「……御子が生まれるのを待とうと思ったんですよ」
サクヤを月星に連れてきてから、フィーネ《王妃》が彼女を警戒していることには、気付いていた。
フィーネは、今や『王妃』であることで自分を保っているような女性である。
昨年の夏頃、珍しくレクスが王妃の住まう白亜宮に頻繁に通っていた。(※2)
フィーネがかなり強く出たのだろう。
レクスが辟易して付き合った印象ではあるが、フィーネは身籠り、難産だったとはいえ、無事に王女を出産した。
王女であろうが、後継者を得てアトラスの王位継承権は消失した。
フィーネの、サクヤに対する警戒も薄まるだろう。
月星では王に後継者が王女しか居なかった場合、一代戻って親等を見直すという悪習が残っている。
それに則ると、王女よりアトラスの方が継承権が上になってしまうのである。
だからアトラスは資格を消失する必要があった。
アトラスが継承権を失っても、王籍に残っている以上、子の継承権は残る。つまり、アウルムの弟であるアトラスの直系の為、マイヤにも実は継承権はあるのだが、女性である為レクスの娘より上にはなり得ない。
アウルムの妹であるアリアンナは、降嫁し王籍から抜けている為、継承権は無い。
資格はない筈のアトラスの継承権を、頑なに維持させ続けてきたアウルムが折れたのは、フィーネ王妃への、不誠実な息子の行いの謝罪の意味もあっただろう。
「まあ、良い。とにかくお前は、ユリウスに対価を払う覚悟が決まったんだな?」
対価が何かをアウルムは聞いてこない。察しの良いアウルムのことだから、気付いているのかも知れない。
「いつまでもこの形じゃ、サクヤと共には歩めませんからね」
「それでこの大捜索か」
「ええ。ちゃんと納得した上で、御伽噺を終わらせます」
アトラスはしっかりと言葉にして、決意をアウルムに伝えた。
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※1第二章〈タビス〉参照
※2サクヤを初めて月星に連れて行った直後
家系図参照




