■月星暦一五八六年四月②〈観光情報〉
「テルメに行きたい」とサクヤが言っていたのだと、ハールがアトラスに報告してきた。
「温泉、よっぽど気に入ったのかな?」
ハールは、せっかくならサクヤを楽しませないとと、あてがあるから任せろと手配を請け負ってくれた。
前回初めて行った場所である。
正直言われても分からないのでアトラスとしては助かった。
※
結果数日後、アトラスはもの凄い枚数の便箋の束と格闘する羽目になった。
『大伯父様、ハール小母さまから事情は聞きました。そういうことならこのモネにお任せくださいませ!
女子なら誰もが納得するであろう、素敵な場所を、一覧にまとめましたので熟読して是非ともサクヤさんを楽しませてあげて下さいね♡
なお、宿の方は手配済みです。大伯父様の名前を出せば泊まれるようにしてありますので、ご心配無く。
ご要望通り華美すぎず、こじんまりとしていて、でも満足度の高い、貸切個室風呂のある『それなり』のお宿を選択してあります。
こちらも景色が良く、設備も充実していて、サクヤさんもきっと喜ぶと思います。期待していてくださいね!』
終始この調子で、手紙は綴られてあった。
『テルメに来たら外せないお菓子の美味しいお店一覧はこちらです。(別紙参照)
中でも茶栗亭の白山ケーキは必須です。普通はクリームだけで山を表現してるケーキですが、ここのは更に栗のクリームで覆ってあるのです。
蒸し栗まんじゅうの栗餡からヒントを得たとか。もはや黄茶山ですけど絶品です。
白乳亭の焼チーズケーキは濃厚で、サクヤさん多分好きです。
黄麦亭の蒸しパンは歯ごたえが一味違います。
レーズン入りが人気ですが、忘れてはいけないのは……』
『雰囲気の良い夕食なら綺暖亭はハズレがありません!
生演奏を聴きながら浸れるお店なら音麗亭もオススメ。
テルメと言ったら夕陽の美しいさ無しには語れないので、美露亭のテラス席でのお食事も素敵です。今の時期だとアーモンドの花が見頃で、花と夕陽の競演が見られると思います。
単純に提供される食事の質で言えば紅酒亭ですね。こちらの仔羊の葡萄酒煮は絶品です。
接客態度に定評があるのは執美亭。誰でもお姫様気分に浸れます!店員さんが『お帰りなさい、お嬢様』って言っておもてなししてくれるんですよ。
それから……』
最後のは『姫』の孫である『お嬢様』が、何を言っているのかアトラスには理解らない。
『夕陽が見られる丘は、人気なので人が多いのですが、温泉保養施設の北西に穴場がありまして……』
『テルメの郊外には規模の大きな養蜂場があります。蜂蜜も花の種類ごとに味が違い、食べ比べるのももちろん楽しいのですが、基礎化粧品や洗髪剤にも加工してあり、髪が艶々になると評判なんです。テルメで出店していますのでお土産に……』
途中で覚えることは諦めた。
モネの手紙の情報量の多さにアトラスは正直舌を巻いた。
的確に特徴を纏めている文章は、文体はともかく感心した。所々に入る生の声は説得力がある。
テルメは温泉が有名なだけではなく、東西の中継点として人の出入りが多い。
訪れる人間が、このような情報を手軽に手に入れられたら役に立ちそうな気がした。
アウルムが街道を整備し、食を豊かに、余暇を楽しめる世の中を目標に気を配ってきたお陰で庶民も旅が出来るようになってきた。
アンバルにも勿論人が訪れる。その目的は首都だから、仕事だから、巡礼の為だからというだけではなくなっているはずだ。
人が動けば経済も回る。来る人間が増え、評判が広がれば対応する側のもてなし方も変わって来るだろう。
相乗効果でより良い結果を生む可能性がある。
モネのことだから、テルメだけでなくアンバルの情報も相当溜め込んでいるだろう。
街の外に向けた、街の情報誌の作成をモネに任せてみせてはどうだろうか。
『タビスの〜シリーズ』は、他の地域の食や文化を月星の人間に紹介する為のものだった。これは全く逆である。
最初はシリーズの番外編扱いで提携しても良いかも知れない。
先ずはテルメ。そしてアンバル。徐々に広げて月星の良さを対外に発信する手段とする。
輸出品目を増やすことにもなるかも知れない。
良い案に思えてきた。
テルメの帰りにアンバルに寄ってレクスに発案し、モネに打診しようとアトラスは心に決めた。
お読みいただきありがとうございます。
気軽にコメントやアクションなど頂けたら嬉しいです。
サクヤとのデートプランを練っていたはずなのに、アトラスさん、ついお仕事モードに思考がシフトしてしまいました。
モンブラン、本場のはちゃんと尖った白い山をイメージしてあり、栗山ケーキは日本独自のものらしいですよ!
次話、やっとデートです。




