表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
二章 王女来訪編
31/374

■月星暦一五四二年一月④〈魔物〉

 学者の青年は居住まいを正し、アトラスを見た。


「王女を連れてきた月星人とは、あなたとお見受けします。王女がレオニスを倒すところを実際に見ましたか?」

「いや。話に聞いただけだ。剣で刺され、傷口から塵となり崩れ果てたらしい」

「やはり……」


 青年は考え込む顔つきになった。


「それでは、魔物は消滅していません」

「何だって?」

 思わずアトラスの声が大きくなる。


「宿主から無理やり魔物を剥がすと、肉体は朽ち果ててしまいます。寄生先を失って、魔物は離れただけと考えるのが自然です」

「離れた魔物はどうなる?」

「人に憑いていなければ何もできません。せいぜい耳元で囁いて、文字通り『魔がさした』行いをするよう働きかけるくらいでしょう」


 その言葉すら、解る者にしかわかるまい。だが、この国には巫覡アシエラの子孫が多い。


 多岐に別れ、血は薄まっているとはいえ、例えばモース率いるブライト家も《《アシェレスタ》》といえる。


 全てが巫覡の素地を持っているわけでも、全てが魔を払いのける意志の強さを持っているわけでもないだろう。 


 しかし、再び憑かれる者が出る可能性は高い。


「一体、魔物とはなんなんだ?どうすれば、消滅させられる?」


 これは、ある文書の一節だと断って、青年は暗唱した。


「人々は文明を育んでは、自らの手に負えないところまでの発展を促し、滅びると言うことを繰り返してきた。


――文明が高度なものへと促されるのは、人間に秘められた本能、即ち、自らをより高い位置へと導こうと言う意志にとるものと考えれば、当然のことと言えよう。だが、同時に滅びへの道の第一歩となりがちなのは、方法を間違えていると言わざるをえない。たいていの場合、それは人間が地上での他種との共存を忘れたことが要因と言える。人は、自身が長い歴史を営む地上の産物であることを認識していない。自分たちは他の生物よりも優れ、特別であるという身侭を持つ者。それを即ち人間と私は考える。


――ゆえに人は争い、憎み、苦しみ、結果的に己の首を絞めるのだ。人が力を求める時には必ず調和のひずみが生じ、蔓延るのは欲望に拍車をかけ、負の感情に輪をかける負の力ばかりと言って過言ではない。


――私は今、智ある者達に忠告を与える。決して己を見失わず、いつの時も冷静であれ。欲への誘いに惑わされずに自分を保て。さすれば汝らは『憑かれる』ことは無いと私は確信する。負の力の集合体であり、邪悪な意志を持つ『モノ』達から身を守れるだろう。


ーー虚無的ながらも心の隙につけこんでは破滅をも導きかねないその存在を、私は『魔物』と呼ぶ」


「それはもしかして……」

「ええ。月星の方ならご存じだと思いますが、ユリウスという男の言葉です」


 青年は一つうなずき、続ける。


「アシエラに未来視の能力を授けたのはユリウスです。この青年は月星や他国で伝えられている、魔物退治のユリウスと同一人物と、僕は考えます」

「つまり、ユリウスがこの国を訪れたのは偶然ではなかったと?」

「ええ。魔物を廃する為でしょう。竜が人に憑かせたモノが、正に魔物だったと思います」

「一度、魔物の被害にあった場所は、魔物が生まれやすいのか?」

「その可能性は否定できません。勿論、レオニスの負の思いが強すぎた所為ではありますが、気が滞りやすい場所というのはあるものです。また、魔物は念の集合体。人の想いはしばし土地に執着するものです」


 あの魔物はレオニスの無念を吸収し、また、敗れるという無念を経験した。この竜護星アセラの街に戻ってくる可能性は高い。


「一度剥がされた魔物は、一時的に弱まるはずです。しかし現在、この地上での負の力は活性化している。通常なら何十年もかかる蓄積ですが、拍車がかかっていると考えられます」

「活性化?」


 一度に大量の負の力が働いたせいだと青年は言った。

 近年思い当たるものは一つしかない。


「ええ。長きに渡った月星の内戦です。そこで溜まった無念や憎悪といった負の思いは各地に影響を及ぼしたと考えられるでしょう。憑いた人間の人格を変貌させるほど、力を蓄えた魔物が生まれること自体が本来は稀なのです。むしろ月星に現れない方が不思議ですね。もう、潜伏しているのかもしれません」


 ――『同類の意識は、どんなに離れていても入ってくる』とレオニスは言った。

 影響があるのは事実だろう。

 初対面なのにレオニスはアトラスを知っていた。


「そして、魔物を廃せるものは、唯一つしかない」

「ユリウスの剣……」


 本当にあるのか。


 言いかけて、アトラスは思い出す。


 かつて、剣があったとされる場所の一つが『禁域』とされ、周囲を魔物が覆い、人が近付くのが困難な状態にあった。


 顔も覚えていないが、そこで会った男は自らを『ユリウス』と名乗ってはいなかったか。

参照画像 禁域図解

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ