閑話▶月星暦一五八六年二月〈ライネス〉 ◯アウルムの独白
◯アウルムの独白
五十年前、ライネス王が討たれたことによってジェイド派と呼ばれた者達は一気に瓦解。散り散りに霧散した。
そう思われていた。
一昨日、イディール殿とアイン・マールの話を聞いていて印象が変わった。
ジェイド派は立ち行かずに瓦解したのでは無い。
ライネス王によって負けた時はどうするか、指示が出されていたことが伺えた。
ライネス王という方は、冷静に状況を分析出来る人間だったのだろう。
イディール殿の話から、ライネス王はアセルスという人間が、執拗にジェイド狩りをすることを想定していたように見えた。
実際、あの男はやりかねなかった。
当時のジェダイトの街の狂気じみた破壊っぷりを見ても判ることだ。
おそらく、自分が負けた場合はジェダイトの街を早々に明け渡す様、臣下達に指示をしていたのだろう。
今思えば、ジェダイトの街に残っていた住民の数がいやに少なかった印象がある。
逃げることに難がある住民以外は、かなりの数が街を離れていたということだ。
特に貴族街がもぬけの殻だったのがいい証拠である。
あの後、名を変え、身分を偽り、あるいは外国に逃れたりして強かに生き延びたのだと思われる。
私は一つの月星を掲げてジェイド派の詮索の一切を禁じた為知る由もないが。
娘《イディール殿》が送り込まれた神殿にも拘りを感じた。
候補に上がっていたのは、当時ジェイド側とアンブル側の境界に近い場所ばかり。
どちらの人間が居ても違和感がなく、かつ規模が大きく、人数の多い定評のある場所ばかりが選ばれていた。
搜索が来ても見つかりにくく、城しか知らない王女が、市井に紛れても生きていけるように学べる場所が選ばれていた。
そこに、彼女を想うライネス王の愛の深さを私は感じた。
行動原理が意地と劣等感だったアセルスには無かった、臣下を想う為政者の顔である。
いつだったか、アトラスが『ライネス王は私を終わらせる為に挑み、歪な在り方を哀れに思って討たれることを選び、結果自分は生かされたのだ』と私に零したことがあった。
おそらく、あの言葉はイディール殿の意見だったのだと思う。
あれからアトラスは、どこか危うかった生き方を改めた。
アトラスが前を向くようになったのはレイナ殿のお陰だが、下を向かなくなったのはイディール殿のお陰だったのだと感じた。
イディール殿は聡いお方だった。度胸もあり、気の回る優しいお方である。
もっと早くお会いしてみたかったとも思うが、彼女は彼女で、自分の足で大地をで踏みしめ、道を切り開いて生きてきた方だろうことが伺えた。
その道程を楽しかったと断言し、今の自分を幸せと言い切れるお人だ。
今まで会う機会が無かったことは正解だったのだろう。
五十年の間、ジェイドの残党と思われる暴動や反アンブルを掲げる反乱もこれといって無かったと言って良い。
ライネス王が相当厳しく良い含めておいてくれたのだろうと察せられる。
ずっと疑問だったのだ。
テルメ中央広場に建てられた彫像がなぜライネスと私が握手をしている姿なのか。
街の有志によって作られたという話だが、立案にジェイド派の者が関わっていたのだろう。
彫像を通じて示されていたのは意思表示。
『ジェイド』は『アンブル』を信頼し、歓迎する。
『ジェイド』は『アンブル』に敵意は無い。
今の月星がある半分は、ライネス王の根回しに助けられたのだと私は悟った。
昨日、アトラスが気づいてしまった『手段』。
アトラスがまた気に病むのが見えていたから、アセルスの手前使えなかったのだと納得させたが、実際は神殿を巻き込めば恐らく叶っただろう。
当時の大神官リーデルなら、間違いなく協力してくれた。
神殿という組織は全面的に『タビス』を護る。『タビス』が望むのであれば、それは『女神の意志』だからと曲解し、王を討つ勢力になり得る組織である。
今更時は戻らない。
言っても詮無きことだが、当時その『手段』に気づいていたのならば、ライネス王は受け入れた気がする。
神殿の協力でアセルスを抑え込むことは出来ただろう。
中央広場の彫像の様に、ライネス王と手を取り合える世の中があったかも知れない。
墓参りをする姉弟の背中を見ながら、私はそんなことを考えていた。
【小噺】
ずっと謎人間だったライネス王。いつかスポットを当てようとは思っていたのですが、誰に語らせるかは悩みの種でした。
まさか、ここに来てアウルムお兄ちゃんが名乗りをあげるとは、作者もびっくりです 笑
お兄ちゃんは自分では言えませんので、作者が補足しますと、
アセルスではなく、アウルムだからジェイド派の人達はあの彫像を作るに至った。アウルムという王を認めたということですね。




