■月星暦一五八六年二月㉗〈約束〉
アトラスとアウルムが平服に着替えて出ていくと、二階のラウンジではサクヤとイディールが談笑していた。
「あら、あの豪奢な服はもう脱いじゃったのね」
少し残念そうにイディールが言い、サクヤも「もう少し目の保養したかった」とつまらなそうに呟いた。
着飾った男を見て何が楽しいのか、アトラスにはイマイチ理解できない。
「イディール、すまなかった」
頭を下げるアトラスに、「やめてよ」とイディールは微笑う。
「と言っても、案外気にする気質よね」
イディールは、ばんとアトラスの背中を叩いた。
「しっかりしなさい!あなたが言ったんでしょ。みんなが間違えていた。その通りだと思うわ」
アトラスは微笑った。
イディールとアウルムは活の入れ方がどことなく似ている。
「イディール殿、私からも改めて謝罪と礼を。こんな形で、私の前に現れたくは無かっただろうに」
「まあ、否定はしないわ」
肩をすぼめるも、イディールは怒ってはいない。
「でも、アインのことはありがとう。哀しいままで逝かせることにならなくて良かったわ。あの人も式典を見て思うところがあったみたいだし」
イディールの要望で、アインは拘束されたまま舞台袖で式典を観せられていた。最後は号泣していたそうだ。
「あの者を救えたのは、あんただけだった。救ってやりたいと思ったのは俺の自己満足だったが、あんたがそう思ってくれたなら良かった」
アイン・マールは恩赦という形で釈放された。実質被害は無かったのだから良いとアウルムが釈した。
「結果的に良い機会だったわ。孫にも友達が出来たみたいだしね」
イディールの視線を追うと、少し離れた席で、モネとフィリアが楽しそうに話をしていた。
アウルムが目を細める。
アンブルの子孫とジェイドの子孫がその柵を知らずに笑い合っている姿は、彼が求めた理想の一つの結実だろう。
その奥ではルネとゼーエンがイディールの娘と孫と商談をしている。
次兄は背は高く、金茶の髪に青灰色の瞳の好青年だがアトラスとは全く似ていない。
因みに娘婿と上の孫は留守番だそうだ。
アトラスが持っていた岩塩がハルス商会の商品と知ったルネが、隊員達の熱中症予防に持たせたら良いのではないかと交渉に至ったのだという。
「イディール殿、あなたは何か望みは無いだろうか?」
礼をしたいというアウルムに、少し考える素振りをしたイディールはアトラスを見つめた。
「月の大祭」
「えっ?」
「アンバルの王立セレス神殿で、この人による月の大祭をこの目で見たいわ」
アンバルには仕事で何度も出入りをしているというが、二の郭より上は、特別な通行書が無いといけない。
文字通り、持たざる者には雲の上のような場所である。
「約束しよう。必ず招待させて頂く」
アウルムは快く請け負い、アトラスも頷いた。
「待っている」
翌日、テルメの墓地に墓参りに行き、イディール達とは別れた。
濃厚な六日間だった。
来る時に抱えていた胸のつかえは、アトラスにはもう無い。
※※※
式典の二週間後、テルメの墓地で人知れず息を引き取った男がいた。
見廻りに来た神官に発見された男は、満足そうな笑みを浮かべていたという。
第十四章「翡翠の残響」完
お読み頂きありがとうございます。
アトラスにとっては色々とケジメになった十四章。作者としても、伏線回収が進んだ章だったのですが、いかがだったでしょうか。
タイトルの残響に因んで、この章はキャラ同士言葉の重なり(共振?)(ハモり?)を意識してみました。いくつあったでしょう 笑
次話はからの
謎人間だったライネス王に迫るアウルムの独白、
この章の裏話マイヤとグルナのエピソード
と短編一四・五章を挟んで
十五章「女神降臨」
遂にあの男と向かい合います!
どうぞ宜しくお願いします




