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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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□月星暦一五八六年二月㉖〈自業自得〉

 □アウルム


 妙な沈黙が漂っていた。


 女神の代弁者たるタビスの行動が間違っていたと、女神の意思を判断し損ねたと公言したようだものだ。

 それもタビス本人によって。


(やってくれた……) 


 言わずに居られなかったのだろう。アトラスらしい。

 思わず笑いそうになる口許を引き締め、アウルムは周囲を見回した。

 さて、この雰囲気をどうするか。

 神官達は青褪め、色めき立っている。


 これを収拾するのはやはり自分の役目だろうと、アウルムが口を開きかけた時だった。


『パチパチパチパチ……』


 観覧席の一角から拍手の音が響いた。


 イディールだった。


 彼女の周りにいた者達が顔を見合わせ、釣られるように拍手をし始める。

 その波は次第に広がり、やがて会場全体を覆った。


(なるほど、大した強心臓の持ち主だ)


 アウルムはイディールの行為に脱帽した。


 何食わぬ顔で簡易舞台(ステージ)を降り、拍手が収まった頃合いで、進行役の神官が再登壇して流れを戻した。


 遺族代表の献花、参列者の献花と以降はつつがなく進め、中央神殿神官長メモリアが最後に謝礼を述べて式典を締め括った。



 ※


「アトラスは?」

「そのまま馬車に乗り込んで宿に戻りました。サクヤさんが一緒です」

 舞台袖で尋ねるアウルムに、待機していたルネが答えた。


「そうか」


 次にアウルムは簡易舞台から戻ってきたメモリアに目を向けた。


「メモリア神官長!」


 メモリアは微笑んでアウルムに頷いてみせた。


「大丈夫ですよ」


 アトラスの言動は、神殿の教義を揺るがしかねない問題発言(爆弾発言)だったはずだが、メモリアは動じていなかった。


「あの瞬間、タビス様は『神託』を受けたのです。御身は人でいらっしゃるタビス様が、大いなる女神のお言葉を代弁するのですもの。女神の大きな御心を計りきれないこともございましょう。今日、あの場で女神様はちゃんと正して下さり、タビス様はそれをお伝え下さったのです」


 真偽は問題ではない。

 それで押し通すとメモリアは言外に言っている。

 彼女との付き合いも長い。アウルムは間違えない。


「感謝する」

「いいえ。それよりタビス様に付いて差し上げて下さい。御本人が一番動揺していらっしゃるようでした」


(そうだった。あの弟(アトラス)はしでかすくせに、後に引き摺る気質(たち)だった)


 ありがたくその場は任せて、アウルムも宿に向かった。


  ※※※


 アトラスは景雲閣の『二一五室(自室)』にて、長椅子に座り込んでた。


 神官服のまま、窓の方向に身体を向けて俯いている。


 サクヤが寄り添っていたが、アウルムに気付くと場所を譲った。


「アトラス?」


 声をかけると顔をあげた。目が赤い。

 アトラスは何か言いかけて、口を閉ざす。



『たった一言』。

 アトラスだけが使えた『手段』。


 そんな単純な平和的解決方法を、当時は誰も気づけなかった。

 大神官ですら思いつけなかったのだ。それだけ異常な時代だった。

 誰がアトラスを責められようか。


 今更気づいたところでどうにもならないが、気持ちは解る。


「……『使った』ところで、あのアセルスは従わなかったよ。きっと揉み消した」


 アウルムは弟の肩を叩いた。


「『使って』しまっていたら、思い通りにならない『道具』は不要と、お前は切り捨てられていただろう。我らの父はそういう、ろくでもない方だった」


「……」


「そもそも、当時のお前は『言葉』を忌避していただろう。今思えば、あの方(アセルス)に、使わないように誘導されていたのだろうな」


 アトラスが目を見開いた。気づいていなかったという顔。


「気にするな。都合の悪いことは全部あの方の所為にしておけ」

「……乱暴ですね」

「構わないだろう。あの方には散々迷惑を被ったんだ。死人に口無しだ」


 アウルムの言い様にアトラスが笑みを零した。


 そっと入って来たサクヤが二人の前に茶を置いた。

 鎮静作用のあるカミツレ茶の香りがする。


 サクヤと目が合った。

 アウルムが頷いてみせると、目礼をして下がって行った。


 兄弟二人して、窓に目を向けたまま、暫し無言で茶を啜った。


 カップが空になった頃、アトラスが口を開いた。


「式典をめちゃくちゃにしてすみません」

「大丈夫だ。大事にはなってはいない。メモリアは上手くやる」


 馬に轢かれかけたのを助けてから五十年。彼女との付き合いも大概長い。

 女性の身で大きな街の中央神殿神官長にまで上り詰めた傑物である。任せておけば良い。


 タビスの煌びやかな逸話がまた一つ加わるだろうが、それはアトラスの自業自得である。

今更一つ二つ増えたところで、どうということもなかろう。

お読みいただきありがとうございます

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