□月星暦一度八六年二月㉕〈一言〉
□アウルム
※※※
テルメ中央広場の慰霊碑前には、三日前には無かった簡易舞台が設えてあった。
広場にはところ狭しと簡易椅子が並べられ、座りきれない者が立見で取り囲み、周囲の建物の窓や露台も会場を見守る人の姿で埋まっていた。
神官長と判る青い帯を締めた中年の男性神官の司会で五十周年の記念追悼式典は始まった。
先ずは女神へ賛歌斉唱からである。
続いて、テルメ中央神殿神官長メモリアが式辞を述べ、街の領主や温泉施設の館長、温泉協会会長や商会会長など、例年より多くの有識者による式辞が続いた。
各々、式辞を述べ終えると、献花をして席に戻っていった。
主催側が用意した白い外套に身を包んだモネとフィリアが交互に花輪を渡している。
参列者全員による黙祷が行われ、前王アウルムが壇上に登った。
拍手で迎えられたアウルムは、この式典に集まった者たちに感謝を述べ、五十年続けてこられてきたことに感謝し、追悼を捧げた。
よく通る朗々ととした声で、これからを願い、式辞を締めた。
モネから花を受け取ると、慰霊碑に供えた。
『タビス役』の経験があるアウルムは、正式な作法で女神に追悼を祈った。
祈り終えてもアウルムは壇上から下がらず、袖に目を向けた。
視線の先からは、一目での高位の神官と判る白い衣装に身を包んだ人物が現れた。
年の頃は三十歳前後。
威風堂々とした佇まいに、人々は思わず目が奪われる。
帯の色は紫。
その意味を知る者からは息を呑む気配が、判らずとも正体を訝しむどよめきが会場から漏れ出た。
登場した神官は口を開かず、会場に向かって目礼をするといきなり慰霊碑に顔を向けた。
フィリアから受け取った花輪を捧げると祈りの姿勢を取る。
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女神への三つの祈りのうち、慰霊碑に向かって追悼の祈りを捧げ、視線を上げたアトラスの動作が止まった。
「そうか、父上……」
それはどちらの父に向けての呟きだったのか。
視線の先にはライネスとアウルムの彫像。その更に先には、半分だけの白い月が蒼穹の中、沈もうとしている。
月を掴むかのように手を伸ばすアトラスの頬を、つと一筋涙が伝った。
見る者には、今まさにタビスが女神の神託を受けたかのように映った。
「所詮私も、王に都合の良いタビスだったと言う訳か」
アトラスの呟きをアウルムだけが捕らえた。
参列者の方を向き直り、アトラスは感謝の祈りを捧げた。
進行に無い行動に、どよめく神殿関係者をアウルムは首を振って制した。
視線はアトラスから離さない。。
「五十年前、七十五年に渡った戦いに終止符を打った少年がいた」
アトラスが口を開いた。
大きな声ではない。
しんと静まり返る中、そっと空気を揺らす声はすんと落ちて来た。
「皆もご存じだろう。少年は女神の刻印を持って生まれた、タビスと呼ばれる者だった。
ーーそのタビスには生まれる前から一つの予言が与えられていた。即ち、『タビスが勝敗の鍵』。当時の王たちはそれを信じ、いつかタビスが戦い終わらせてくれると、少年を戦いの中に投入した。やがて、予言の通りに少年は王の一方を討って戦いを終わらせた。
ーータビスもまた、その予言を信じた。終わらせることが自分の使命だと信じた。戦って傷つけて傷ついて、それでも尚、剣を手に取った。そうすることしか手段はないのだと信じていた。そう、信じ込まされていた。
ーーだが、それは女神が望んだことではなかった。少なくても女神は望んだ方法ではなかった。
ーー私は、今ここに立ってそれが解った。タビスは女神の代弁者。タビスの言葉は女神の言葉。ならば、一言、たった一言、言えば良かった。
ーーただ一言『終わらせたい』と。それが女神の意思なのだからと。それで済んだはずのことだったんだ。
ーータビスは女神の願いを最終的には叶えたのかもしれない。だが、手段を間違えた。アンブルもジェイドも皆が間違えた。
ーータビスもまた人間の、当時の王たちの思惑に惑わされた一人だった。一言で終わることに気づけず、戦火を広げた一人だった。
ーー私は今、ここで皆に謝罪する。たった一言の可能性に及ばなかった愚かな過去を。言われるままに戦ったあの日々を謝罪する。そして、あの戦いに関わったものとして、この五十年を生き抜いたあなた方に感謝を申し上げる」
アトラスは会場を見回した。誰も口を開かない。戸惑う空気の中、それでもアトラスの声に耳を傾けている。
「あの日から五十年。あの時代を直接知っている者も少なくなっただろう。この街は一度瓦礫と化したと聞く。その後のこの街を、こんなにも賑やかで潤いのある状態にまで発展させ、維持してきた努力は、あの時ここに居た方々とあなた方の力だ。
ーーこの発展に尽力してくれた全ての者に女神の加護があらんことを。そして、一人の人間としてお礼申し上げる」
アトラスはもう一度、感謝の祈りを民衆に捧げた。
先程より大きな所作は、純白の神官服の裾をはためかせ、袖口をも捲り上げた。
人は見ただろう。その右腕にくっきりと浮かぶ刻印を。
息を呑む気配が伝播する。
アトラスは最後にゆっくりと一度深く頭を下げると、沈黙に包まれた会場から下がっていった。
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十四章イメージ画はこの場面でした




