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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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■月星暦一五八六年二月⑳〈主従〉

「もっと早くお会いしたかった。当時私は、本気で貴女を妻に迎えられないか考えていたのですよ」


「あら。なら、私は王妃になりそこねたのね」


 アウルムの言葉にイディールはカラカラと笑う。


「だったら、俺はちゃんと姉上と貴女を呼べたのにな」


 こんな冗談を交わせる時間が来るとは思わなかった。感慨深く、アトラスはアウルムとイディールを見つめていた。



「ところで、当初の目的を忘れていません?」


 長くなりそうだからとサクヤが口を挟んだ。


「そういえば」

「忘れていたな」


 アトラスは『会議室』から縛られた男を引き摺ってきた。


 その姿は痩せこけ、真っ白な髪には艶がなく、顔には深い皺が刻まれている。

 肉の無い頬に血走った双眸からは、狂気にも似た光があった。


「見覚えはある?」

「間違いないわ、アイン・マールよ。面影がある」


 縛られた男の目ががフィリアを認めて、這い寄って行った。


「いでぃーるさま?イディール様!!」

「何?この人、怖い……」


 フィリアはイディールの後ろに隠れる。


 「フィリアさん、何か甘いものでも食べましょう」


 サクヤが気を利かせてフィリアを別室に連れ出していった。

 見届けて、イディールはアインに向き合った。


「アイン、あなたの(まなこ)はずいぶんと曇ってしまったようね。あれから五十年も経ったイディールが、あんな姿のまま生きてるわけないでしょ」


 例外はいるみたいだけど、といい添えてイディールは冷ややかにアインを見下ろした。


「イディール、さま?」

「その名前の王女は五十年前のあの時に死んだわ」

「イディールさま、イディールさま!生きてらっしゃったのですか!?」


「……さっきまではイディールさまの敵!って繰り返していたよ」


 げんなりした顔でアトラスはイディールに耳打ちする。


「従者なのに知らなかったのか?」

「アインはあの日は私用で出かけていなかったのよ。出先で報せを聞いて戻ってきたら街は瓦礫の山。きっと人伝に王女は死んだって聞いたのでしょう」


 イディールは腰を下ろしてアインに視線を合わせた。


「しっかりなさい。アイン・マール!」


 ぱしん!と乾いた音が響いた。イディールが容赦なくアインの頬を引っ叩いた。


「起きなさい、アイン!」


 イディールの一喝に、うわ言のように呟いていた男の目に光が戻った。


「イディール様?」

「アイン・マール。自分が判る?」

「もちろんでございます。イディール様」


 焦点が合った目は、まっすぐとイディールを見据えていた。

 捕らえられてからの間見せていた錯乱が嘘の様に、会話が出来る人間の顔になった。

 アインの視線が、イディールの後ろに居るアウルムを捉えた。部屋を見回して、再びイディールに視線を合わず。


「何故、イディールさまがアンブルの奴らと一緒にいるのです?アンブルのせいで、お辛い思いをして来たのでしょう?」


 アインが前のめり気味に尋ねる。


「アイン。私は全てを失くして一から生き直した。辛くなかったとは言わないけど、胸を張って幸せになったって言える」

 

「なんで……。イディール様はアンブルを憎くはないのですか?」


 アインは打ちひしがれた顔でイディールを見上げた。


「無いわよ」


 迷いのない即答。


「アイン、あなたは今の世の中が本当に見えてないのね」


 イディールは不憫そうな眼差しをアインに向けた。


「みんな目に力があって楽しそうじゃない。しようと思えば好きな職に就ける。美味しい料理が食べられる。なにより何処にでも行ける」


 イディールはアウルムを示して微笑んだ。


「こちらの王様がこつこつと積み上げて下さった功績よ」

「ですが、ジェイドの直系であるあなたが、それを甘受してしまっては、ジェイド派の無念が……」

「無念?まだそんなことを言ってるの?」


 呆れ果てた口調でイディールはため息を吐いた。


「アイン、この人が誰だか判る?」

 イディールはアトラスを示した。


「父を討ったタビスよ」

「そんな筈は……」


 イディールの視線を受けて、アトラスははいはいと、右袖を捲って刻印を露わにした。


「刻印……本当に……?」

「父はこの人に討たれることを選んだの。それが王の意志だったのだもの。臣下だったなら従いなさい」

「討たれるって、そんな、ライネス様が、なぜ?」

「そんなの、息子だったからよ」


 決まってるじゃないとイディールは笑う。


「アトラスは私の弟ーーレオンディールですもの」

暴露する(バラす)んだ?」


 アトラスが呆れた声を出した。


「だって、この人、長くないもの」


 違う?とイディールはアインに問う。


「わたしの余命は、保ってあとひと月というところです」

「だから、こんな莫迦な真似をしたのね」


 ふうっと、イディールが大きく息を吐く。


「ほんっと、莫迦。五十年もジェイドに囚われて人生無駄にして……」


 イディールはアインを抱擁した。


「最後のジェイドの名を持つ者として、イディールが命じます。アイン・マール。もう解放されなさい」

「イディール様……」


 アインの眼から涙が溢れた。

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