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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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□月星暦一五八六年二月⑰〈夢の進度〉

□サクヤ


 報せを受けてアトラスが出て行った後、サクヤはアウルムと一対一でお茶をするという、レイナですらしたことがない貴重体験に直面していた。


「君とは一度ゆっくり話をしてみたかったんだ」


 緊張しなくていいよと微笑む笑い方がアトラスそっくりで、兄弟なんだなと再認識させられる。


「今も夢は見ているのかい?」 

 アウルムが直截ストレートに尋ねてきた。


「それはもう、アトラスに会ってからは加速度的に進みました」


 夢は体感時間と実際の時間は随分と違うらしい。

 たった一晩で数日分を見ることもある。


「最近ではどんな夢を見ているんだい?」


「……先日、アウルム様にお会いしました」


「ほう、いつのことだろう?」

 碧い瞳が好奇心の色を帯びる。


「アウルム様、何度かお忍びで竜護星に来て下さいましたね」


「三度行ったかな。穏やかで景色も美しい、良い国だね」


 一度目はアトラスが住む街が見たいと、夜に抜け出しハイネに竜を呼ばせて駆け抜け、日中一日楽しんで帰っていった。


 二度目はレイナの産んだ双子の顔が見たいと、大祭から帰るアトラスの竜に乗って訪れた。


 そして三度目がレイナの見舞いだった。発病翌年の年始のことだった。 


『アウルム様が直々にいらっしゃるなんて、私、重病人みたいですね』

 そんなことを言って、レイナは笑った。それがレイナがアウルムに会った最後になった。


「その、三度目の時の夢です」


 少し言い淀んでサクヤは答えた。


 夢の中のレイナにはもう病の症状が出始めていた。


 突然のめまいにふらつく。

 貧血で起き上がれない朝。

 頭痛に悩まされて進まない業務。

 冷たい手足に、息切れを起こす身体。


 この先は、長くはないが辛い闘病生活ばかりだと思うと、気が滅入る。


「もうそろそろ、先は見たくはないですね」


 それだけで、アウルムは察してくれた。


「人間は忘れることが出来る生き物だよ。辛いことは、無理に思い出さなくとも良いのでは無いかい?」


「でもきっと、思い出さないと、アトラスとの距離は埋まらない」


 漏れるため息に、アウルムは頷いた。


「変なところで頑固だからなぁ」


 アトラスらしいとアウルムは苦笑する。


「アトラスも、本心では信じたいのだと思うよ」


 そう言うアウルムの眼差しは優しかった。

 レイナを見ていたものと同じ温度で、彼はもう認めてくれているのだとサクヤは感じた。


「竜護星でアトラスは、レイナの死後は月星に戻り、以来現在に至るまで、何か重要な使命を持って各地を巡っていると伝えられていて、ユリウスに会うまで私もそれを信じていました。実際はその間、アトラスはどうしていたのですか?」


「レイナ殿が亡くなってから五年位は両国を半々位の割合で行き来していたんだが、その後十年程月星に姿を現さなかった。見た目を気にしたのだな。だが、大寒波の年に、逼迫した隣国から月星が攻められる事態が起きてな。アトラスは『月星有事の際は駆けつける』という、古い盟約を律儀に守って現れた。それ以降は以前のように頻繁に顔を出すようになったよ。以来大祭にも出席している」


 月星の危機をやっぱり見過ごせないのがアトラスらしい。

 そう言うと、アウルムは同意を示した。


「そのまま姿をくらまして、自由に生きるという選択肢を選ばないのが、なんともアトラスだな」

「そうですね」



 そんな話をしているうちに、廊下への扉が開いた。


 やけに姿勢の良い老婦人とサクヤ位の年頃の娘を連れて、アトラスが入ってきた。


 祖母と孫と判る二人。サクヤはその顔を知っている。


 アウルムも得心した顔で二人を見つめていた。

お読みいただきありがとうございます

気軽にコメントやアクションなど頂けたら嬉しいです


【小噺】

一番最初「記憶喪失の少女」として登場していますがレイナの設定には「記憶力が良い」というのが、実はありました 笑

十三章で、ユークの報告書を諳んじたり

こと細かく記憶をサクヤが夢で見ているのは

そんな背景があります。



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