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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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■月星暦一五八六年二月⑯〈搜索〉


 カタルシス(ユリウス)の剣を白い鞘に収めながら、アトラスはアイン・マールを凝視した。


「違う。この者は憑かれていない」

 

 変化が全く無かった訳では無い。アインは何やら呟き始めた。


「おいた…し…、…ィ…ルさま、毒…飲……、さぞ…く…しか…たでしょうに…。も…しわけ…りま…ん、…めさま。…たしが、やら…ければ…らなか…た…に」


 ぶつぶつと呟き続けるアイン・マールの言葉から、いくつか単語を顔を近づけてやっと聞き取ったアトラスははっとする。


「兄上、この件は私に任せてくれませんか?」

「あてがあるようだな」

「この者と『会話』が出来る者に心当たりがあります」

「いいだろう。任せた」


 アトラスはゼーエン隊長を呼び出すと、『会議室《二一二号室》』でアイン・マールの見張りを頼んだ。


「尋問も拷問も要らない。危害は加えるな。逃げないように見張っていてくれ」


 アトラスはルネに付いて来るように言い、歩きながら説明をした。


「ルネ、これから人を探す」

「こんな広いテネルの中からですか?」

「そうだ。名前はサラ・ファイファー。六十五歳。二十歳前後のフィリアという孫と家族と共にどこかの宿に泊まっている筈だ。宿は中から上。高級宿は除いて良い。今は別の姓を名乗っているかも知れん」

「何者かお聞きしても?」

「古い知り合いだ」


 アトラスは追求を許さず、ルネは汲んで先を促した。


「私が……アトラスではなくタビスが探していると言え。孫も一緒に呼んでくれると有り難い。今日中に探し出せ」

「今日中?そんな無茶な!人手が足りません」

「人手なら神殿から借りる。そうだな、中央神殿には俺が直接行って頼もう。その方が早い。お前は神殿と連携して、発見したらすぐに連れて来られるよう手配しろ」


 中央神殿に出向いたアトラスは、神官長にルネにした様な説明をした。


 朝早くにもこだわらず、話を聞いた神官長メモリアの行動は早かった。

 神官達は各街区神殿や宿屋に向かって四方八方に飛び出していく。


「忙しいところ、すまないね」

「あなた様の為でしたら、神官は喜んで動きます。むしろ頼って下さり、身に余る光栄です」


 式典の前日で準備に多忙の筈だが、おくびにも出さずに神官はタビスの為なら快く人員を割いてくれる。それが神官というものの在り方であり、アトラスとしては心苦しくも有り難い。


「助かる。頼んだ」

「お任せ下さい。アトラス様はお宿でお待ち下さい。分かり次第連絡を入れます」


 ルネは馬車の手配に動き、アトラスは好意に甘えて宿屋に戻った。


   ※


 宿屋に戻ったアトラスは、アインを捕らえている『会議室』に顔を出した。


 床に座り込んだアインは相変わらず宙を見ながらぶつぶつ言っている。


「様子はどうだ?」

「ずっとあの調子です」

 ゼーエンが首を振りながら答えた。


 近づいても顔を上げる気配も無かった。ただ床を見つめ呟いている。

 声は捕らえた時よりも明瞭になっていた。


「いでぃーるさまのてき、いでぃーるさまのてき、いでぃーるさまのてき、いでぃーるさまの……」


 聞いているだけで胃が重くなる。


 五十年、イディールが死んだというを『事実』を受け止められなかった男の、妄執に囚われた、哀れな末路。


 アウルム殺害を企て、襲おうとしたところを現行犯として確保した。充分罪に問える。


 言い分を聞くまでもない。この呟きだけでも判る。さっさと連行してしまえと、警備隊員達は思っていることだろう。

調べさせた二〇一号室の寝台下からは異国産の小振りなクロスボーが見つかったと言う。式典での襲撃も視野に入れていたことが伺えた。


 魔物に憑かれていることも疑ったが、剣は反応しなかった。

 憑かれていなくても、人間、大なり小なり蓄積された憂い(ストレス)を抱えている。

 斬られればスッキリするらしいのだが、アインは我に返るような様子も見せなかった。

 

 この男に何かしてやる義理は無い。

 だがアトラスは知っている。

 今この街には、妄執の素になったイディールが居る。彼女にならこの男の心は救える。


 知っている以上は見過ごせなかった。

 この男一人、心を救ったところで何がどうなる訳でもない。アウルムを襲おうとした罪は変わらない。


 現在を幸せと言い切ったイディールにとっても、今更な過去の傷痕だろう。


 解っている。

 多忙な神官達も巻き込んで、隊員達の仕事を増やして、イディールにも迷惑をかけることになる。


 これはただのアトラスの自己満足エゴでしか無い。

 自分は救われるきっかけを得られたが、この男には与えられなかった。

 憐れに思ってしまったのだ。過去の自分に重ねてしまった。

 

「アトラス様?」


 黙り込んだアトラスを気遣うゼーエン隊長の声。


「ご気分が?」

「いや、大丈夫。引き続き頼む」


 苦い唾を飲み込んで、アトラスは部屋を後にした。

 

お読み頂きありがとうございます。

じつは、十三書「名無しの王女」に一回だけアイン・マールの名前が登場していました。

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