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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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■月星暦一五八六年二月⑫〈信頼〉

 翌日、アウルムは予定通りにテルメ入りした。


 受付前ロビーやロビーの真上にあたる、二階のラウンジは封鎖され、関係者しか居ない。

 食堂への扉も一時的に閉められ、客室への通路や階段脇には警備隊員が立っている。

 門扉前や玄関にも警備隊員が待機していた。


 ラウンジの窓から外を見ていたアトラスは、アウルムが乗った馬車が宿屋の敷地内に入り門扉が閉まったのを確認して階下に降りていった。


「ようこそ、いらっしゃいました」

「御主人、今年も世話になる」


 宿屋の主人の歓迎に応えていたアウルムが、降りてきたアトラスの姿を認めて破顔した。


「良く来た。良く来てくれた!」


 勢い良く抱きしめられ、戸惑うアトラスの耳許で紡がれる短い言葉には、アウルムの万感の思いが込められているかのようだった。


「兄上、宿の主人が驚いていますよ」


 驚いているのは宿屋の主人だけではない。

 警備隊員も護衛官も突然のアウルムの行動に目を瞠っていた。


 アトラスがポンポンと背を叩くと、アウルムは身体を離した。


「嬉しいが、どういう風の吹き回しだ?」

「先ずは部屋に行きましょう」


 アトラスは微笑して促した。こんなところでする話ではない。



 二階道側の棟の突き当りにある貴賓室は、中庭から道側に貫ぬく形で丸々一室の為両方に窓がある。

 こちら側の客室二部屋分程度の広さがある。


 居間が大小二部屋、寝室は四部屋。風呂も二箇所。別にある小部屋は使用人の待機場を想定しているのだろう。

 元々は館の主人の部屋だったかも知れない。


 

 貴賓室の大きい方の居間で、アトラスはアウルムと向かいあって座った。ルネと警備隊隊長のゼーエンが同席している。

 貴賓室の扉の外にはアウルムの道中の護衛官が立っている。



「兄上、私はマイヤに言われて来ました」

「そうか」


 少し残念そうな顔をしたのは、アトラスが自ら来ようと思って来たのではなかったからだろう。


「なかなか来る決心がつかず、娘にきっかけを作ってもらうとは恥ずかしいかぎりです」

「いや、お前が来られた。それで充分だよ」


 アウルムは頷き、アトラスを見据えた。


「して、狙われているのは式典か?私か?」


 さすがはアウルム。話が早くて助かる。


「それが『確定』が出ていないのです」


 アトラスは昨日纏めた現状の方針をアウルムに語った。


「それで私を囮にか。上手いことを考える」


 ゼーエン(隊長)がこめかみを押さえた。

 ルネは「やっぱり」とため息をつく。


 決行は日が落ち、客が寝静まってからだろう。


 警備隊の配置は例年通り変えず、護衛官とモネとサクヤが貴賓室で待機。アトラスはルネと隣室で待機。

 侵入の合図で、各隊員は配置場所から駆けつけるというと方向で固まったと語ると、アウルムは概ね賛同した。


「概ね……。つまり?」

「アトラス、お前もこの部屋(貴賓室)にいなさい」


 ゼーエンが難色を示した。


「ですが……」

「警護対象者は固まっていた方が楽だぞ?」


 そんなことを口にするが、アウルムは自身もアトラスも『警護対象者』だとは認識していない。


「月星一の剣士が護ってくれるんだ。その方が心強い」


 そんなことを言って笑いを誘うが、むしろアトラスは戦力と断言してしまっている。

 

「また懐かしい呼び名を掘り出してきましたね。いつの話をしているんですか?」

「今、武術大会を開いたも、間違いなくお前が優勝だ」


 アウルムは断言し、アトラスは否定出来なかった。

 警備隊の熟練度の程度からみても、サクヤですら良いところまで行けそうではある。


 それだけ、平和な世の中になったということだが、命を預けるには心許ない。

 護衛官でギリギリ許容範囲というところか。


 護衛官でも、件の人物が当時を知り、技量を身につけている者だとしたら、老いた身であろうとも相手をさせたくない。

 侵入を試みるようなら、捨て身での行動と考えるべきである。そういう人間は、周囲を巻き込むことに躊躇いは無いだろう。


 口にはしないが、なるべくなら関わらせたくないというアウルムの心中がアトラスには判った。


「さて、件の人物だがこの部屋の間取りも把握しているのだったな」

「はい。貴賓室にも宿泊記録がありました。三年前ですが」


 答えるルネにアウルムは頷いた。

 警備隊員の配置場所から、侵入経路は限られる。配置を動かさないのは、そう誘導している意味もある。


「モネもサクヤ殿も別室で就寝してもらっていても良いのだが」

「モネが聞いたら怒りますよ」


 アウルムの言葉にルネは顔をしかめ、アトラスも頷いた。


 二人とも出来れば関わらせたくないのは当然だが、相手がどこまで知識を入れているのか判断できない。

 タビスも実は目的の内で、滞在を聞いてあわよくばとでも思っているのなら、その『連れ』存在迄調べていたとしたなら、サクヤはアトラスの弱点になり得る。

 アリアンナの息子ルネ、孫のモネも然り。

 アトラスは身内に弱い。


「目の届く場所にいてくれた方が安心出来る。それにサクヤにならば、俺は背を預けても良い」

「ほう?」


 アウルムが目を瞠った。


「何です?」

「いや、別に。信頼しているのだなと思っただけだよ?」


 含み笑うアウルム。


「俺は、サクヤはちゃんと鍛えてありますと言っているだけですが?」

「そういうことは本人に言ってやりなさい」


 ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべるアウルムからアトラスは顔を背けた。


 ルネにまで生温い視線を向けられている気がする。


 全く緊張感の無い空気に、ゼーエンが一人狼狽えていた。

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