■月星暦一五八六年二月⑪〈古武術〉
「わたしからも質問、宜しいでしょうか」
ずっと黙って状況を伺っていた隊長のゼーエンが口を開いた。
「アウルム陛下の護衛が、女性二人というのはいくらなんでも心許無いでしょう」
アトラスも護衛対象と認識されてしまったようだ。しっかり除外されている。
「モネさまは隊員に混じって訓練を受けていたのは存じ上げていますが、サクヤさまが戦える方には見えません」
モネの横に戻りかけていたサクヤに、視線が注がれた。
「だそうだ。サクヤ」
「って、言われてもねぇ……」
サクヤは苦笑いで部屋の中央に向かった。
「皆さん、壁側に寄って下さい」
場所が空くと、アトラスは懐から短剣を取り出し、鞘が抜けない様に固定した。
ほいっと、ゼーエンに手渡す。
「なんですか?」
「床下にあったのは、その位の短剣だった。襲撃者のつもりでサクヤに襲いかかりなさい」
「何を言って?丸腰の相手に出来るわけ無いでしょう」
「そうなのか?じゃあ、キミね」
アトラスは、短剣をゼーエンの隣に居たそばかすの隊員に渡した。二十代半ば位の、中肉中背の青年である。
「私ですか?」
「だってキミ、この中じゃこの隊長の次に強いだろう?」
隊員達がざわついた。
警備隊の序列は単純に強さの順である。一番強い人間は今、棟の入口を警備している。
「サクヤに警護が出来るか知りたいんだろう?口で言っても『私』が言うならと仕方が無く頷くだけで納得はしない。皆に不安要素は残るだろう。ならば実際に見て、納得してもらうしか無いじゃないか」
「叔父様が、問題無いと判断した上で言っているんだ。やりなさい」
ルネに言われ、そばかすの隊員は短剣を受け取った。
サクヤの前に進み出る。
「ちゃんと避けてくださいよ」
短剣を構えて、隊員は足を踏み込んだ。
特に構えもせず立つサクヤは、対応した隊員には無防備に映ったのだろう。
小細工無しのまっすぐな剣筋が見えた。
「避けるだけじゃ、ダメでしょ!」
サクヤは力むこと無くいなして、短剣を持つ腕に下から拳を叩き込んだ。
「えっ?」
隊員の視線が、上を向く剣先に向けられた瞬間を狙ってサクヤは足払いを決めた。
隊員は見事にひっくり返る。
「今のは舐めすぎだろう。丸わかりだ」
アトラスが呆れた声を出した。
「大丈夫?頭打ってません?」
サクヤが呆けてる隊員を立たせてやった。
「何だ、今の動き?」
「あれ、古武術でしょ?昔えらく強い神官が居たって聞いたことがある!」
「あ、オレ知ってるよ、その話。たしかテネルさま」
「テネル?あの伝説の神官さま!?」
「まだ使える人いるんだ?」
(古武術って……)
隊員達の反応を見て、アトラスはそっとため息を吐いた。
戦いの技術を磨く必要は無いとレクスに言ったことはあるが、警備が仕事の彼等がこの程度で感心しているようではさすがに心配になってくる。
サクヤがやってみせたのは、初歩中の初歩の護身術でしか無い。
警護隊でなく警備隊なわけだと、妙なところで納得する。
「彼女は、テネルが鍛えたサンクに指導を受けている。因みに剣術は俺仕込だぞ」
アトラスが説明すると、隊員達の目が憧憬に変わった。
「いいなぁ」
「今度教えてください」
「俺も手合わせさせてもらって良いですか?」
そうして隊員達が次々とサクヤにのされる、投げ飛ばされるという奇妙な事態になった。
そのたびに、「ありがとうございます」と一礼して下っていくものだから、何かの儀式のようである。
「これで答えになっただろうか?」
ゼーエンに声をかけると、「充分です」と、苦い返事がきた。
「ルネ、帰ったら見直す様にレクス、、陛下に言えよ。神官は現在も習得してる。取り入れろ」
「そうします」
囁くと、ルネも複雑な顔をしていた。
※
結局、ゼーエン《隊長》を除く全員が『洗礼』を受けたところでサクヤが根を上げた。
「さすがに疲れた!汗だく!お風呂入る!!」
部屋に戻ろうとするサクヤに「お疲れ様でした」と隊員一同、一斉に礼をした。
どうやら序列が変わったらしい。
※
警備隊の配置は変えず、モネとサクヤが貴賓室で待機。アウルムに随従してくる護衛官が加われば広い貴賓室も網羅出来る。
アトラスはルネと隣室で待機を求められた。
アウルムにも隣室に退避してもらいたいところだが、了承しないだろうというのがルネとの見解である。
侵入の合図で、各隊員は配置場所から駆けつけるという方針が決まった。
どの隊員が加わるより、アウルム一人の方が絶対に強い。
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