■月星暦一五八六年二月⑩〈誘導〉
翌朝アトラスは、貸切棟入口の警護に当たっている者を除いた警備隊員達を『会議室』に集めた。
「状況を整理をしよう」
アトラスだけが椅子に座り、その隣にルネがいた。ルネの反対側に立つ男、ゼーエンがこの警備隊の実際の隊長にあたる。ルネは責任者で、ゼーエン隊長は現場監督という形になる。
三人を取り囲む様に隊員達が立っていた。
二十、三十歳の者で構成されている為、ルネが一番年嵩に見えた。
サクヤとモネも端っこで参加している。
「先ず、この時期にテメルで『何か』が起きる。これは巫覡が視た『確定事項』だ。だが、『何が』起きるかは、まだ定まっていない」
アトラスは隊員達を見回した。
「安直に『式典』が狙われると考えがちだが、それも『可能性』に過ぎず、今時点では回避可能といえる」
言葉が各人の頭に入ったのを確認しながら、アトラスは先を紡いだ。
「『式典が狙われる』という『事態』は一番避けたいこととして定義する」
「理由をお聞きしても?」
隊員の一人が挙手した。
「理由?そんなものはいくらでもある。警備の人数も増やさねばならない。参列者や民衆にも被害が出るかも知れない。どこから狙ってくるか絞りにくい。それに、式典が騒ぎになるということは、アウルムの想い、面目、この五十年の蓄積、諸々を踏みにじる行為だ。あってはならない」
「事を起そうとしてる側も、それは『最終手段』であって避けたい事態の筈でしょう。冒険が過ぎます」
ルネが補足した。
「では、目的が『式典』という事態に『至らせない』為にどうするかだが」
アトラスが長い足を組んだ。手を膝の上で絡めて、ゆっくりと意見を口にする。
「今の段階では、襲撃者は貴賓室に泊まるアウルムを狙っていると考えられる。それを『確定事項』に落し込む」
つまり、マイヤの視る『事象の確定』を、人為的に組み立てるということである。
「我々は床下の用意された武器の類を確認した。その内容物と宿泊履歴から『宿内でアウルムを狙う用意がある』ことを把握したが、一切中身には触らなかった」
巫覡の事象確定の筋道を理解させるのは難しい。
アトラスは一つ一つ辛抱強く説明していった。
「触れることで、相手がこちらに『気づいた』という事象が『確定』してしまうからだ。同じ理由で、隠し場所も悟られ無いように戻してきた。悟られてしまったら、襲撃者の計画は次の手に移行してしまうからな」
「もしかして、そこまで判っていながら警備体制は変えないと仰るのですか?」
聡い隊員が口を開いた。
「そうだ。襲撃者は何度も宿に泊まり、警備の位置なども把握している。だから、警備体制は動かせない。動かせば、相手にこちらが気づいたことを悟られるからだ」
別の、控えめな挙手があった。アトラスは視線だけで発言を促す。
「あの、貴賓室を襲撃させると言っているように聞こえますが」
「そうだ。兄上を囮にすると言っている」
隊員達から声にならないどよめきが漏れた。
非難を口にしようとして、躊躇う気配。
アトラスも承知の上である。
「言いたいことは解るが、多分兄上はノリノリで協力してくれるぞ」
ルネが「たしかに」とため息を吐いた。
サクヤも苦笑を漏らす。
二人の顔には、「あの人なら言いかねない」と書いてあった。
襲撃者の行動を絞り込むには、やりたいようやらせた方が良いのだ。
「で、では、どうやってアウルム様を護るのですか?」
動揺する隊員が尋ねた。
「道中の護衛官も加わるとはいえ、少すぎませんか?」
「今回は通年と異なる点があるだろう?」
今年はこの場にアトラス、サクヤ、モネがいる。
アトラスは言わずもがな。
サクヤはこの半年サンクの指導を受けてきた。剣の方もアトラスが仕込んだ『記憶』がある。
モネも経験を積ませようと今回ルネが連れてきた。一通りの訓練を受けている上、アトラス自身も目をかけている。
そもそも、アウルム自身が護られるだけの人間では無い。実際に命のやり取りを知っているアウルムは、この中の誰よりも強いと言える。(※)
床下に毒物の類はなかった。
今回の訪問の際に隠し持って来た可能性はある。
至近距離からの吹き矢や短剣に毒物を塗りつけることもあり得るが、今回はマイヤに無理を言って竜血薬を貰ってきていた。
使い方はサクヤが『知って』いる。あの薬は、《《すぐ》》であれば効果がある。
「成功条件は、宿内で片付けること。襲撃者の生死は問わない。絶対に逃してはならない」
逃せば、翌年以降に計画が繰り越される可能性があるからだ。
「伯父様、ひとつ肝心なことが抜け落ちています」
ルネが口を挟んだ。
「なんだ?」
「伯父様が勘定に入っていません」
一同の視線がルネに集まった。
「今年は伯父様ーー『タビス』がこの宿に居ることが知られています。襲撃者の耳にも入るでしょう」
アトラスは宿屋の主人に言った。疑われたらタビスがいるから緊張しているのだと話せと。
「伯父様、解ってます?タビスだって標的になり得るんですよ」
隊員達がハッとした顔でアトラスを見やった。
相手が未だアンブルに恨みを持つジェイドの者なら、直接終止符を打ったタビスの方をと考える可能性は充分にある。
「従姉様は伯父様のことは視えないそうじゃありませんか。伯父様が被害にあう可能性はあるということです」
「俺が標的になるなら、そもそもマイヤは俺を送り込まんだろう?」
「まだ、『どういう騒ぎ』かは『確定』してないんだ。そんなの、判らないじゃないですか!」
「兄上が狙われるより良い」
ルネは盛大にため息をついた。
「そんなこと、大真面目に言わないでください。性質が悪いです」
隊員達に戸惑う気配が生まれていた。
前王とタビスが同時に狙われたら、優先順位はどちらになるのか。
しかもタビスはまだ、『王位継承権』を有している。
前王アウルムは、アトラスの継承権放棄を条件付きで認めた。即ち、『レクスに後継者がいない場合はその限りでは無い』。
先日、レクスの妻フィーネ王妃の妊娠がやっと発覚したが、御子が《誕生》しない限り、まだアトラスは保持者のままなのである。
「アトラスは、まだそんなふうに考えるんだ?」
静かな声が割り込んだ。
「サクヤさん?」
戸惑う声をもらしたのはモネ。彼女は普段のサクヤからは想像出来ない程の怒りの気配にたじろいでいる。
サクヤは隊員達を掻き分け進み出ると、アトラスの真正面に立った。
「アトラス、それ、『私』の目を見て同じこと言える?『彼女』の前で言える?この地で、『前の王様』の前でそれ言えるの?」
サクヤの言う『前の王様』はアウルムのことでは無い。
『アトラスを生かすために討たれることを選んだ王』ーーライネスのことを指している。
「すまない、失言だった」
アトラスが推し負けた。
「良かった。皆さんにだって立場があるのですもの。タビスがそんなことを言っちゃダメよ」
垣間見せた気配をきれいに消して、サクヤはルネに微笑みかけた。
「ねぇ?」
「そ、そうですよ。我々を困らせないでください」
ルネが我に返って取り繕った。
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※アトラスは自分を勘定に入れていません
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