□月星暦一五八六年二月⑨〈成果報酬〉
〈温泉〉直後のお話です
□モネ
景雲閣《宿屋》に戻り、『会議室』に顔を出すとアトラスが二人を出迎えた。
「お帰り。温泉はどうだった?」
「ただいま。すごく良かったよ。ここのは匂いが無いから助かるわ。お肌がすべすべになるの!」
「楽しかったみたいで、良かったな」
「湯衣着用必須だからあなたも包帯でも巻けば行けるわ。次は行こうね」
サクヤに微笑むアトラスの顔を見て、モネは思わず一歩、後退った。
(うっわぁ、珍しいもの見ちゃいました!)
こんなに柔らかな顔で話すアトラスをモネは見たことがなかった。
ちょっと一緒にいるのが憚られるほどに、二人の間だけ空気の密度が違う気がする。
こんなに丸分かりなのに、なぜ当人は理解していないのだろうか。
モネはサクヤを見やった。
サクヤの少し上気して見える肌色は、温泉で血行が良くなり、蒸気風呂で整えて、オイルマッサージでツヤツヤになったからだけでは決してない。
緩く一つに編んだ乳黄色の髪を片側に垂らしている為に露わになっている首筋は、同性のモネですらどきりととする程、匂い立つように艶やかに映った。
サクヤがアトラスに向ける笑顔は弾けるように眩しい。
「お話は終わったの?」
「今日はもう問題事は起きんだろう。夕食にするか?」
「いいわね。お腹空いちゃった!」
「そういえば、蒸し栗まんじゅうしか結局食べてないしな」
頷いて、アトラスは椅子に座ったままのルネを振り返った。
「ルネ、ここいらで良い店を知らないか?」
「……!?」
サクヤの後ろにいるモネの位置からも、ルネのこめかみ辺りがピキッと引き攣ったのが見えた。
「何を言っ……」
「大伯父さま!今からまた外に出たらサクヤさん湯冷めしちゃいますよ」
モネが口を挟むと、アトラスの肩越しに、ルネのほっとした顔が見えた。
『モネ、でかした!』
ルネの幻聴が聴こえた気がする。
「そうか。それは配慮が足らなかったな」
「この宿のお食事も美味しいですよ。今夜はここで一緒に取りませんか?久々に大伯父さまのお話も聞きたいです」
『良い助勢だ!』
うんうんと頷くルネ。
「どうです?サクヤさん」
「良いですね。みんなで食べるのもきっと楽しいわ」
アトラスに見えないように、ちょっとほっとした顔をモネに向けるサクヤ。
(そんな感謝されるような顔をされても。二人の邪魔をしてるみたいで心苦しいのに)
笑顔で応じてモネはルネを見た。
『良くやった!』
ルネは今にもガッツポーズでもしそうな雰囲気である。
(良くやったじゃ無いです。この雰囲気の二人と夕食ですよ。話題を選ばないと胃もたれします)
「食堂はこの下辺りだったな?」
すぐにでも階下に行きそうなアトラスを、モネは阻むように移動した。
「大伯父さま。騒がしいのはちょっと。部屋に運んでもらいましょう」
『良し!』
ルネが親指を立てて笑みを見せた。
なんだかだんだんイラっとしてきた。
(後で絶対お小遣い、上げてもらいます!)
顔には出さずにモネは心に誓う。
「モネさん、料理品目表借りてきましょう」
サクヤがモネの腕を掴んで促した。
「そうしましょう。オススメの料理があるんですよ」
(そういえば、大伯父さまがレイナさまに贈ったという首飾りと同じ意匠の首飾りが、数量限定で来月再発売されるとか。それも加えてもらいましょうか……)
モネはサクヤの首筋を見ながら、今夜の成果に対するルネへのおねだりの算段を考えていた。
お読みいただきありがとうございます
モネ視点の息抜き回です。時系列が合うので閑話にはしませんでした
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