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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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■月星暦一五八六年二月⑤〈調査〉

 ルネは先行して竜で来た為、同行者は娘のモネだけだった。

 残りの警備部隊も追々来るだろう。


 モネとサクヤは友人同士と言って良い。


 以前サクヤはアンバルに来た時にモネと共に街に繰り出し、彼女の住むハイネの屋敷に数日間泊まっていたという経緯がある。


 王城跡地に建てられた温泉保養施設(スパリゾート)に行って楽しんでこいと、アトラスは二人を送り出した。


 察したのだろう。

 二人して、多くを聞かずに割り切るあたりはさすがと言うべきか。

 夕飯までには帰ると言って、出かけて行ってくれた。



 ルネが宿の主人と交渉している間に、アトラスは建物の外観を検めた。



 宿の建物は道に平行に並ぶ形で逆『コ』の字型をしていた。

 塞がっている側の真ん中に玄関がある為、馬車が入れる大きさの門は塀の玄関側に偏ってひとつあるだけである。


 元貴族邸だけあって、敷地内の玄関前が馬車回しになっており、門から見ると『P』字型に石畳が敷かれている。

 玄関前に馬車か停車している時、門からは馬車が障害になって乗り降りする人間は見えない。


 壁面に窓はあるが、身を乗り出して弓をつがえても玄関の張り出し屋根に邪魔されて射線が通らない。


 馬車が入れば門は当然閉じられる。乗り降りの際に狙われる可能性は低いとみた。


 宿は二階建てである。


 玄関を入ると正面が受付になっており、囲うように左右にはロビーがあり、二階へのの階段は各突き当りに一箇所ずつ。


 中庭を挟んで建屋は左右対象である。


 受付側から見て一階の右側の中庭に面している部分は食堂やラウンジ等の共有スペースになっていた。道側は厨房や従業員用の仮眠室や倉庫の類に使われている様だ。

 塀に遮られ、景観が悪いためだろう。塀と建屋の間は私馬車置き場になっている。


 各客室に個別に温泉が引かれている為、大浴場は無い。


 一階左側は客室になっていた。十室あり、手前から右回りに部屋番号は大きくなる。

 中庭の中央には噴水のある池がある為、客室から中庭に出られても動ける範囲は少ない。

 各客室のプライベートも、樹木によって上手く隔てられている。



 

 二階左側の棟の客室の配置は階下と同じ十室。道側の対の棟は七室である。


 アウルムは毎年二階の道側の棟をまるまる借り切っているとのこと。

 案内図と扉の数から、中庭に面している客室と道側の客室は一室毎の間取りが一回り大きいことが分かる。

 

   ※


 館内の構造を大まかに把握してアトラスが受付(フロント)に戻ってくると、後続の警備隊員達が到着した所だった。


「ご苦労さん」


 声をかけると、アトラスを見た一行は一瞬ぽかんとしたあとにどよめいた。


「殿下!?」

「アトラス様だ!」

「タビスがいらっしゃる」

「本当に?」 

「え?聞いてない」

「式典出るの?」

「マジか……」


 「マジか?」はこちらの台詞だとアトラスは言いたい。

 五十年も経って、当時を知らない世代に羨望の眼差しを向けられる理由がアトラスには解らない。


「気持ちは解るが今は仕事をしよう」


 ルネが割って入り、一行はあたふたと荷物を運びだした。

 ルネは隊長らしき人物に、『会議室』に隊員を集めるよう、指示をする。


「気持ち、解るのか?」

 警備隊員達の背中を見ながらルネに尋ねると、呆れたため息が返ってきた。


「そりゃあ、伯父さまに会えれば誰だって浮かれますって」

「それが解らん」

「相変わらず、伯父様は伯父様ですね」


 苦笑しながら、ルネは手にした帳簿を示した。


「とりあえず五年分借りてきましたが、全部要りますか?」

「いや、先ずはそれだけでいいだろう」


 二人はルネの部屋の隣の部屋に入った。

 中庭側中央の客室『二一三号室』を今回の会議室兼作戦室として使うことにした。


 荷物を置いた警備隊が集ってきた。


 隊長はゼーエンと名乗った。

 歳はルネより二、三歳若いだろうか。額の上に傷跡がある、屈強な身体つきの真面目そうな男である。

 アトラスが居ることを疑問に持ちながらも口に出せないようだった。

 警備対象が増え予定が狂ったと、頭の中で色々考えを巡らせているのかも知れない。

 

 アトラスはこの滞在中の襲撃を示唆し、半数に貸し切っている(フロア)の宿泊予定の部屋に不審物が無いか徹底的に調べてくるように命じた。

 二階への階段と、こちらの(フロア)への入り口の警備は今からもう配置する。


 残りには宿泊者名簿の調査を命じた。


「どう調べます?」

「今年の、式典迄の宿泊者の中から毎年この時期に来ている者を抽出。更に何度も宿泊している者がいるかだな。部屋番号も抜き出せ。あとは、この一年の貴賓室《兄上が使うの部屋》の宿泊者もだな」


 隊長に隊員達の管理を任せると、アトラスとルネは連れ立って再度受付(フロント)を訪れた。


 まだ客の来ていない対の棟の客室を見せてもらう為だ。



 主人に開けてもらったのは、二階の外側、一番手前の客室《二〇一号室》だった。


 部屋の大きさは中庭側の三分の二程度である。

 居間と二部屋の寝室、バスルームのみで使用人の待機室と寝室は無い。部屋には露台バルコニーがあるが、一部屋一部屋独立していて飛び移れるような距離ではない。


 対の棟よりは劣るが、世の中一般の宿屋から見れば、上級宿を謳っているだけあって設え(しつらえ)もよく調度品も上等なものを使っている。


 対の棟の床が大理石であるのに対してこちらは木材だった。

 飴色の蜜蝋で磨き上げられた高級木材製の床板の上に絨毯が敷かれている。


 ルネを見やると、同じことを考えたのだろう、ハイネ譲りの苔色の瞳と目が合った。


 アトラスはルネと絨毯の上の家具に手をかけた。

 先ずは長椅子からだ。


「あの、お客様?」


 宿屋の主人が声をかけてくるが、応えずに黙々と動かした。


 家具も良い木を使っているだけあってなかなかの重量がある。集中しないと引き摺って床を傷つけてしまいそうだ。


 全ての家具を移動し、絨毯を捲った。

 二人して膝をつき、継ぎ目をなぞって違和感を探した。


「ありました」


 先にルネが声をあげた。


 丁度、長椅子ソファーがあった辺りの床板に切れ目があった。爪を建てて隙間をひろげてずらすと、一米四方の床板が外れた。


 露わになった床下に詰め込まれているものを見て、アトラスとルネは顔をしかめた。

挿絵(By みてみん)

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ゼーエン:見る

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