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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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◼️月星暦一五八六年二月④〈可能性〉

 神官長に指定された宿は景雲閣といった。玄関に入ると、受付(フロント)から言い合う声が響いてきた。


「毎年該当区画は丸々貸し切ることはご存知の筈です」

「しかし、断れない御方でしたので」


 知った声、見知った背中に、やれやれとアトラスは近づいていった。


「そんなに大声で騒ぐものじゃない。他の方に迷惑だろう」

「はい?」


 眉間に皺を寄せたまま振り返った顔が驚きに移行した。


「伯父様?」


 ハイネとアリアンナの息子のルネ・アンバー・ブライトは、苔色の瞳を驚愕に見開いた。


「何の騒ぎだ?ルネ」

「毎年この時期はアウルム様が慰霊にいらっしゃいますので、警備の為にも二階の一部区画を借り切っているのですが、今年は一室貸してしまったと主人が言うものですから」

「あーー。ご主人、それは神殿からの要請だろう?」

「は、はい。そうです。先程神殿からどうしてもと」


 困り顔の主人は、アトラスに光明を見たかのような表情をする。


「ルネ、それ俺」

「えっ?」

「タビスの要請じゃ、宿側も断れんわな」

「え、ちょっ……、なんだ、伯父様でしたか。ふう。って、先に言って下さい!」


 驚愕、安堵、ため息、ちょっと苛立ちとわかりやすい百面相を披露するルネ。ハイネの若い頃を思い出す。


「悪い、急に決まったものでな」


 旅券を見せると宿屋の主人はアトラスと旅券を見比べて一瞬呆けた顔をした。記帳を済ませれば、憧憬の眼差しで恭しく鍵を差し出してくる。


 月星では何故かどの宿でもこの反応になる。

 他の国では憧憬でなく驚愕になるだけで、見世物のような気分になることは変わらない。


 いい加減慣れたが、人間の反応が案外どこでも変わらないのは面白いものである。


 鍵を受け取ると、アトラスはルネに問いかけた。


「兄上はいつ来る?」

「明後日いらっしゃいます」

 頷くと、アトラスは一緒に来るようにルネを誘った。


 あの神官長はここ(景雲閣)がアウルムの常宿と知っていて捩じ込んだのだろう。正直手間が省けて助かった。


「お前がいて良かった。ルネ、話がある」


   ※※※


「伯父様がテルメにいらっしゃるの珍しいですよね。もしかして初めてですか?」


 アンバルでも終戦の日を悼むか、式典という形出はなく各神殿にて追悼の礼拝が行われる。


 その際、大神殿は神殿関係者だけでは無く王城からアリアンナが、あるいはアトラスが、ここ数年はレクスが出席して式辞を述べてきた。


 テルメの式典には、必ずアウルムが足を運ぶ。王を退いてもこれだけは変わらないアウルムの拘りである。


「俺は、初めて来た」

「それは、アウルム様お喜びでしょう。ずっと伯父様と来たがっていらっしゃいましたから」


 ルネも式典参加の為にアトラスが来たのだと思い込んでいる。このタイミングで『タビス』が現れれば、そう考えるのも当然だ。


「ルネ、俺はマイヤに言われて来たんだ」

従姉様(ねえさま)が?」


 ルネの顔色が変わった。理解してくれたようだ。


「つまり、この式典が狙われると?」

「まあ、兄上が狙われるとみるべきだろう」


 アトラスの歯切れは悪い。


「すぐさま、式典の警備の強化と見直しを直ちにします!」

「待ちなさい」


 はやるルネをアトラスは制した。


「だったらマイヤは『式典が狙われる』と断定するはずだ」


 今回、マイヤは詳細を語らなかった。

 テルメが舞台なのは確定事項だが、どういう状況で何が起きるかまでは絞りきれなかったという。


「式典もまだ、可能性の一つでしかないということだ」


 事象が確定しないということは、対処に対応される為と考えるべきかもしれない。

 相手がいくつも手段を考えているという可能性もある。


「兄上が泊まるのは毎年この宿なんだよな?」

「はい。最初の頃は宿を丸ごと借り切っていたようですが、特にこの時期は宿泊者の増加で全般的に宿不足ということもあり、今の形(一部貸切)に落ち着きました」

「兄上が泊まることは外部にも知られているのか?」

「平時は『アウルム様も泊まる高級宿』というのが宿側の売り文句ですから」


 ルネは困ったように言うが、売上向上に繋がるなら、当然宿側はなんであっても使うだろう。

 どんなものでも『王室御用達』は良い宣伝になる。


「兄上が泊まる部屋はどこだ?」

「隣の貴賓室です。毎年同じ部屋にお泊りになります」


 ルネは窓を背に右側を示した。


 今、二人はルネが宿泊する部屋のソファに向かい合って座っている。

 向かい側のはアトラスに準備された部屋である。サクヤには先に入ってもらっている。


「兄上は馬車で直接この宿に乗り入れるな?」

「はい。馬車を降りて玄関に入る迄の数(メートル)しかお姿を晒すことはありませんし、その間は護衛官が左右後ろに付きます」


 元貴族の館だけあって、この宿の玄関には立派な馬車回しが付いている。


「食事は?」

「アウルム様の離宮の料理人が同行します。食材も持ち込むそうです」

「解った」


 アトラスは立ち上がった。


「先ずは宿の検分だな。あと、主人に言って宿泊者名簿を提出させなさい」

「式典ではなく、宿で狙われるということですね?」


 ルネがゴクリと喉を鳴らした。


「式典で狙われるという『確定』が出ていない以上、首謀者は『今はそう考えている』ということだろう」


 思っていた以上の大仕事になりそうだと、アトラスは広い部屋を見まわした。



お読みいただきありがとうございます

気軽にコメントやリアクションなど頂けたら嬉しいです

景雲閣、設定資料の方にもあげてあります。

https://ncode.syosetu.com/n1669iy/28/

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