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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星歴一五四三年四月②〈お眼鏡〉

 アンナはセルを店に入れると、サラとは離れた席に座らせた。

 セルと一瞬目が合ったが、アンナが手振りで来るなという。

 アンナが何やらセルと話しだしたので、イディールは元いた席に戻った。

 

 間もなく、預かって抱いていたアンナの子どもがぐずりだした。


「ちょっと、アンナ!この子御襁褓おむつ!湿ってる!!」

「悪いサラ、替えといて」

「もうっ!」


 イディールは(住居スペース)への扉をノックした。 


「すみません、女将さん。御襁褓の替えどこですか?」

「あら、アンナちゃんは?」

「私の知り合いと話してます」


 出てきたアンナの義母は、咀嚼していたものを飲み込んでから応えた。賄いを食べている最中だったようだ。


「教えてくれればやりますよ」

「悪いわね」


 奥の部屋で女将さんが替えを出してくれる横ではずすと、お尻と御襁褓との間に襤褸布等を詰めた布袋をかませ油紙を挟んであった。


 湿り気が少なかったわけである。仕事中に替える回数を減らす工夫だろう。アンナらしい。



「驚いた、あなたも手慣れてるのね」

「神殿仕込みですから」


 神殿には、少なくない数の乳児、幼児がいた為イディールもそこそこ子供の扱いは慣れている。その子達を交代で面倒みるというのも、仕事の一つだった。

 残念なことに、内戦終結直後の当時月星では、神殿に子供を捨てていく親がけっこう居たということである。


「汚れ物はどうしますか?」

「御襁褓は外のタライの中に。水につけておいて。油紙はざっと洗って乾かして再利用。当ててるのは捨てちゃっていいわ。蓋付きのごみ箱が外にあるからいれといて」


 テキパキと指示をすると、女将は店の方に戻っていった。


 タライの中には既に三枚御襁褓が水につけてあった。

 イディールに時間を取られてなかったら今頃アンナは洗濯の最中だっただろうことは想像に難くない。

 脇に、洗濯用の石鹸と洗濯板を見つけたので、持ってきたものといっしょに洗って、竿に干しておいた。


   ※


 イディールが外から戻って来ると、皿類を片付けた女将がお茶を用意してくれていた。


 子供はアンナの背中に戻っている。


「ありがとね、助かるよ」

「いいえ。ところで、どういう状況ですか?」


 セルの前にはアンナ以外にアンナの夫ともう一人の料理人ーー父親だろうーーが集まって、何やら真剣に話を聞いている。


「塩の試食だって。素材の味を引き出してくれる塩があるとか、料理によって向き不向きがあるとか、アタシにゃ何が何だか」


 女将さんは苦笑いで首を傾げると、イディールに向き直った。


「遅くなったけど、アタシはアブエラ。あんたがサラさんだね。アンナちゃん、凄く心配してたんだよ。来てくれてありがとね」


 誰かに案じもらえていた実感が胸に温かい。


「神殿で私は何にも出来なくて。アンナにはすごく助けてもらったんです」


 同室がアンナで無かったら、イディールはいつまでも現実を受け入れられなかった気がしている。


「アンナちゃんもね、『同室にサラって子が来たから自分もしっかりしなきゃって前を向けたんだって。サラがいたから神殿生活も楽しかったんだ』って、よく言ってるよ」

「そうだったのね……」


 自分の方だけが迷惑ばかりかけていた気がしていたが、アンナがそう思ってくれたなら嬉しい限りである。


 昼の食事の代金は受け取ってくれなかったので、イディールは夜の給仕を手伝うことで返すことにした。



 店の二階以上は宿屋になっている。

 どのみち宿は探すつもりだったので、泊まらせて貰うことにした。


 アンナに案内された部屋は二人部屋だった。

 セルはアンナのお眼鏡にかなったということらしい。お友達価格にしてもらった手前、二部屋占領するのも気が引けるが、お友達の宜みで一応物申してみた。


 アンナ曰く、

「アレはサラにぞっこんとみたね。あんたが嫌じゃないんなら逃す手は無いんじゃないかな?夢見がちなところはあるけど、仕事に対する姿勢も真摯だし」とのこと。 


 アンナの言い分は判る。

 この世界は女性が独りで生きていくには優しくない。さすがにイディールも身に沁みて知っている。


 女を物のように扱う男は、残念ながら一定数いる。

 有り体に言って相手に好意を持たれていて、ろくでなしでないなら好条件。受け入れろという友人の助言に、イディールは考える。


 レイナとアトラスの間にあったような、異性に向けられる愛情が自分のなかにもあるのか、イディールには判らない。

 セルに求められても応えられる自信が無い。


 王女であり続けていたとしても、適当な男性を充てがわれ、自分はそういうものだとただ受入れていただろう。

 そんなだから、ゾーンの罠に簡単に墜ちた。


 よほど難しい顔をしていたのだろう。

 アンナは気休めに間仕切り(パーテーション)を、置いてはくれた。


 商業組合の知り合いと話があると、夜は出かけていたセルが戻ったのをイディールは知らない。

 遅かったので先に休んだが、朝になる迄起こされることは無かった。

お読みいただきありがとうございます

アブエラ:祖母

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