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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四三年三月〈塩湖〉

「色々見たけど、一番印象深かったのは塩の湖。湖にね、空が映り込んで、陸との境界線が分からなくなってそれはもう美しくて!」


 レイナが言っていた塩でできた湖は本当にあった。

 塩湖自体は複数あり、彼女が実際に行った場所かは判らない。

 まさか月星内にもあるとは思わなかった。

 図書館で情報を見つけて、心が躍った。絶対行こうと決めた。


 追悼式典の翌月。

 今イディールがいるのは月星南部、ジェダイトとポルトの間辺りにある、高地の一角だった。 


 塩湖へは業者が出入する為、街道は整えられている。だが、仕事に携わる人以外来る場所でも無い為、駅馬車が通っていない。

 お世話になった神官長に相談し、出入りの業者に口を利いて貰って、やっとのことでイディールはここに来た。



 限界まで塩の溶け込んだ水は、海の何倍も塩っぱい。

 湖とは言っても水深は指の一関節よりも少ない。

 溶けきらない白い塩の結晶の上に薄く溜まる水面は、天空を映し出す鏡のようで幻想的だった。

 流れる雲と空の色、刻々と表情が変わる水面はいつ迄でも見ていられた。


 どの位そうしていたのだろうか。


「美しいよね」


 いきなり後ろから声をかけられて、「ヒャっ!」とへんな声がでてしまった。


 振り向くと、茶褐色の髪に垂れ気味の琥珀色の瞳が印象的な青年もまた驚いた顔をしていた。


「驚かせてごめん。神殿の依頼で来た人って君のことだろ?お楽しみのところ悪いけど、そろそろ動かないと宿に泊まれなくなるよ」


 言われてみて、日が傾き始めていることに今更気づいた。


「あまりに綺麗だったから、つい」

「確かに、独特の風景だよね。黄昏時や夜空が映る様も素晴らしいけど、オススメはできないな」

「え!?ますます見たいのだけど……」

「めちゃめちゃ寒い。命懸けだ」

「なら、仕方がないわね。防寒着がないもの」


 青年は立ち上がるイディールに手を差し伸べて、白い歯をみせた。


「オレはセル・ハルスだ。塩の行商をしてる」

「サラよ」


 セルの手を握り、握手に応じた。ごつごつした掌は、剣を握る掌とは違う固さがあった。


「ねえ。あの人達は何をしているの?」


 イディールが指差す方向には、平たい土地で湖の水を撒いたり、掻いて集める作業をしている人達がいる。


「あそこは塩田だね。天日で塩湖の水分を蒸発させているんだ。あそこで出来たものは天日湖塩と呼ばれる」


「では、あの小屋は何?」


 湖の畔には、煙突のある小屋がいくつも並んでいる区画があった。


「あっちでは純度の高い塩を作っているんだ」

「純度?」

「湖塩を水に溶かして更に濃い塩水を作り、それを釜で焚いているんだ。」

「わざわざまた溶かすの?」

「そうすることで、不純物を取り除くんだ。高級な塩ができる」

 不純物を減らすことで、苦味の少ない塩になるとセルは語る。


「詳しいのね」


 褒めるとよく日に焼けた顔が嬉しそうに緩んだ。


「サラはなんでこんな所に来たんだい?」


 綺麗な場所だが、塩に関わる仕事をする者以外、来るような場所でもない。


「友達が言っていたのよ。世の中には不思議な場所がいっぱいあるって。塩湖もその一つで、一番印象に残ったというから見に来たの」

「なるほど。なら、塩でできた山があるのも知ってる?」

「そんなものがあるの?溶けちゃわないの?」


 セルは笑った。

 妙に人好きする垂れ気味の目尻が更に垂れた。


「岩塩は水に溶けにくいんだよ。それに岩塩の採れる山は雨が少ない場所に多い」


 好奇心丸出しの顔をしていたのだろう。


「良かったら見に行くかい?仕入れに向かうところなんだ」

「良いの?」


 正直、ここ迄来るのは苦労した。竜に乗れる人間が羨ましく思ったものだ。


 ここには作業場の人が寝泊まりするような宿泊所しかない。さすがに泊まらせてくれと言うのは気が引けた。


 セルは山を降りて最初の街で宿を取るという。

 そこなら、女性でも不便のない程度には、接尾が整っている。


 帰りは駅馬車の通る街まで送るように、信用できる人間に言っておくとイディールは言われていた。

 セルがその『頼まれた人間』だったらしい。


 会ったばかりの男性の提案に乗るーー軽率と思わないでもなかったが、さすがに多少は人を見る目も養ってきた。


 神殿で護身の方法を仕込んでくれた神官長の方針には感謝しかない、という場面にも何度か出くわしている。


 セルも、しっかりした身体付きで体力はありそうだが、それは日々の仕事でついた必要な筋肉だろう。

 きちんと訓練は受けた人の体幹ではない。いざとなったら逃げられる。

 そこまで見極めた上でイディールはセルに「宜しく」と言った。


 ※※※


 道中、セルは色々な話をした。

 海の塩、塩湖の塩、岩塩の塩と、それぞれの味の違い、合う料理の傾向。

 父親も行商人だったから、幼い頃からあちこち周っていたこと。

 今は採掘権を持ついくつかの業者と契約して塩を卸して貰い、各地で売り歩いていること。


「いつか、採掘権を手に入れて、自分の店を持つのが夢なんだ」


 セルが青臭い夢を語る瞳がキラキラしていて、イディールは目が離せなかった。



 セルは岩塩の採掘場に行く前に、塩湖で仕入れた塩をリメールに届けるという。


 リメールにはアンナが嫁いだ店がある。

 

 リメールに着くと、イディールは別行動を申し出てアンナが働く食堂に向かった。

セル:塩

ハルス:塩

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