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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四三年二月〈式典〉


 駅馬車でかかる日数は、天気に大幅に左右される。

 冬の為、雪をも想定して余裕を持って来たが、幸い好天が続いて見込んだよりもかなり早くテルメに着いた。


 つまりは、式典迄日数があるということだ。


 その間ただ、神殿で厄介になるのも気が引ける。

 イディールは宿代に相応する対価を支払おうとしたが、神官長は受け取ってくれなかった。

 お布施という形で納めようともしたが、頑なに拒否された。


 曰く、タビスの知り合いにそんなことはさせられないとのこと。


 アトラスの「御守り」は神官相手には効力がありすぎる。


「神殿には、神官の生活体験課程カリキュラムがあった筈です。それに参加させてはくれませんか?」


 その提案に、とうとう神官長は折れた。


 体験したいというのが『要望』であれば、神殿側は断れない。


 久々に神官服に袖を通して、イディールは神殿の仕事に参加することになった。

 髪を動きやすいように纏め上げることも忘れない。髪結いは必至で覚えた項目の一つだ。


 とは言え所詮『体験課程』である。

 イディールが神殿で暮らしていた実際の仕事量と比べれば、ささやかだと言える。


 朝起きると、朝拝に参列し、神官達と共に食事を摂る。

 神殿内の掃除をし、時には奉仕として街の美化に協力する。


 ここは街壁の中の神殿の為、広大な葡萄園等は無い。畑も家庭菜園に毛が生えた程度。

 家畜の数も多くはない。必然的に屋内での作業が主となる。


 あくまでも『体験』なので、午前中しか拘束時間は無かった。

 

 自由時間となる午後は、街にでて現在のジェダイトを観察したり、図書館に行って調べ物に時間を費やした。


 図書館でイディールは、以前ならば気にもしなかった様々な項目に目が行く自分が新鮮だった。 

 色々読んでいくうちに、次に行く目的地を定めた。


 イディールにはどうしても見てみたい景色があった。



   ※



「申し訳ありません」

 式典二日前、お世話になっている神殿の神官長に呼び出され、開口一番謝られた。


 追い出されるのだろうか。死んだ筈の王女と露見さしたのだろうか。


 ドキドキしながら待った次の言葉は理解できないものだった。


「お席の用意ができませんでした」 

「……何のお話でしょう?」


 聞けば、式典を見たいと言った為、参列席に空きがないか、無いなら増やせないかと、気を利かせて交渉してくれていたらしい。


「一般の方々と同じ様に、立ち見で充分です」


 アトラスの「御守り」は、ことをややこしくもすることを知った。


 ひたすら恐縮する神官長を宥め、労って礼を言った。


 『タビスの裏書きを持つ者』というだけで、神殿の者がこんなにも気を遣う。


 『タビス本人』の気苦労が伺えて、アトラスが気の毒になった。



   ※※※


 式典は中央広場の慰霊碑の前で行われた。


 吹く風は冷たいが、幸いよく晴れた穏やかな日だった。


 どこかの神殿の神官長なのだろう、青い帯の男性神官が司会進行する中、式典は女神へ賛歌斉唱から始まった。


 続いて、テルメ中央神殿神官長の式辞へと移る。

 中央神殿神官長ミドルのことは幼少の頃からイディールは知っていた。

 記憶よりも少し老いてはいたが、今なお健在であることが純粋に嬉しく思える。 


 式辞の内容から、ミドルがあの日を実際に体験して乗り越え、この街の復興に携わってきた一人であることを知った。


 死んだことになっている身のイディールは表立って会えない為、そっと心の中で礼を述べる。


 全員による黙祷のあとは王による追悼の辞だった。


 慰霊碑の前に現れた、現月星王アウルム・ロア・ボレアデス・アンブル。


 その顔にイディールは驚きを隠せなかった。


 蜂蜜色の髪に碧い瞳と、色は全く違うが、その造形はアトラスと良く似ていた。


 そっくりと言っても良い。

 どおりでアトラスの事を誰も疑わなかった訳だと納得した。



 アウルムの声には力があった。


 愚かな過去を諌め、故人を悼み、未来(さき)を見据える言葉には、思わず聞き入ってしまう強さがあった。


 アウルムは紛れもなく『王』だった。

 そうとしか表現出来ない。


 この人なら月星を任せられると、存在そのものに説得力を感じた。


「アウルムがいる限り、月星は大丈夫だ」と語ったアトラスの顔が思い出される。


(そのとおりだわ……)


 イディールは納得した。

 瓦礫と化したこの街を、わずか数年でここ迄賑やかしい街に戻しただけのことはある。


 アウルムからは、国を想う強い意志が滲み出ていた。



 アウルムを始め、遺族代表や参列者の幾人かが花束の献花をし、式典は幕を閉じた。


 後は個々がそれぞれ献花するのみである。

 イディールも献花台へと並ぶ列にそっと紛れ、顔を伏せて花を供えた。


 祈りを捧げながら、脇にて参列者を見守り立つアウルムの顔を垣間見た。

 近くで見ると、アウルムはアトラスによりよく似ていることが判る。

 イディールはその穏やかな眼差しにライネスを思い出した。


(お父さま、きっとこの方なら大丈夫ですわ)


 一瞬、アウルムと目が合った気がしたが流した。


(月星を頼みます)


 心の中で呟いて、イディールは中央広場を後にした。

 

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