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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四二年十一月④〈旅立ち〉

 翌朝、アセラのファルタン邸の前まで行くと、少し門扉が開いていた。

 入れという意味と理解したイディールは、門には触れずに体を滑り込ませた。


 玄関の前には複雑な顔をしたペルラが待っていた。


「おはようございます」


 イディールが挨拶をすると、「おはよう」という言葉にと共に、熱い抱擁が返ってきた。


「事情は聞かない。きっと聞いてはいけないことなのでしょう。でも、サラには居てほしかったわ」


 聞かない、という選択ができるのがペルラという女性の凄いところだと思った。

 その線引の境界を肌で感じられるのだろう。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

「サラ、自分の人生を、楽しんでね」


「!?……はい!」


 ペルラは「頑張れ」では無く「楽しめ」と言った。その意味をイディールは噛みしめた。


 他人が言う「頑張って」は重圧にこそなるが、応援にはなり得ない。

 何かを成した時に、ただ自分が「頑張った」と誇れれば良いのだ。

 ペルラらしいと感じた。


 ペルラはまだ何か言いたげではあったが、サラを中庭に案内した。


 洗練された庭造りがされた一角に、二頭の竜とアトラスとハイネが待っていた。


 イディールはファルタン邸に呼び出された理由が「女官頭のペルラに挨拶というてい」なだけでは無かったことを悟った。


「ペルラ、世話になった。レイナを頼んだ」

「勿論でございます」


 アトラスに手を引かれて、イディールは竜の背に乗った。


「ペルラさま、色々ありがとうございました。レイナ様に宜しくお伝え下さい」


 アトラスと二人並んだ姿を見たペルラが「あっ!」という顔をした。『サラ』が去るに至った理由を確信したのだろう。


 ペルラは深々と頭を下げた。これは恐らくアトラスに対してだ。

 『サラ』が城に居ることで起きうるだろう『問題事』の事前回避への感謝。

 ペルラは視界から見えなくなるまでその姿勢を崩さなかった。


   ※


 竜にはイディールが前に乗った。いくら弟だとはいえ、男性の腰にしがみつくのには抵抗があったからだ。


 竜は陸の上を、あるいは海の上をなぞるように翔ける。高度はそれほど高くは無いのだろうが、人の目線では到底見えないものが視界に入って来る。


「怖くははない?」


 背中にかけられる気遣うアトラスの声にイディールは笑って返した。


「全然!凄いわ!!なんて壮大なの!水平線が円いなんて知らなかった」


 こんな景色をしょっちゅう見ていたなら、視野も広くなりそうだと思えた。

 『世界は広い』という言葉が実感として下りてくる。

 些末事を気に病むのが、バカバカしくなってくる気がした。


 途中、レイナが言っていた珊瑚礁で出来た島を、上空から観ることが出来た。


 浅瀬に生きる生き物の影すら見える澄んだ紺碧の海に、白い砂浜が映えて息を呑む美しさだった。

 レイナの中には、こんなキラキラした風景を好きな人と見た思い出が沢山詰まっているのだろう。

 そう思うと少し羨ましくもある。


 たが、イディールが知るべきことは別にある。


 知らないことは経験者に聞くのが早い。

 イディールはこれから必要になるであろう様々をアトラスに聞いた。

 船や乗り合い馬車の乗り方。換金の仕方。食事の頼み方。宿の泊まり方。職の探し方。失敗をしないコツ等など。

 

 食事は実際にと、アトラスは食堂に連れて行ってくれた。


 そこでイディールは、メニューの見方すら知らないことを知らされる。


 アトラスの注文で見目新しい調理をされた料理が出された。新鮮な魚介を使った様々な料理はどれも美味しく、素直に舌鼓を打った。


 食堂の女将には、照れくさそうに姉と紹介され、イディールとしてはなんだかくすぐったい。


 アトラスはこれからの月星の在り方を、それを目指す兄《月星王》を語る。

 

「精神面を豊かに、ね。そんなことを考える人が、今の王様なのね」

 イディールがつと呟くと、「アウルムがいる限り、月星は大丈夫だ」と力強く言うアトラスの眼差しが眩しかった。

 

 食後、イディールはアトラスに身分証明書を見たいと言われた。

 先に書かれていた裏書きに笑みを零すと、アトラスは一筆加えて印を押して寄越した。


「御守り位にはなるだろう」

「どういうこと?」

「俺も把握しきれてないが、神殿関係者は世界各地にいるんだとさ。たまたまそれが、そいつらの目に止まったら、もしかしたらちょっと良いことがあるかもしれん」


 換金に色がついたり、代金が勉強して《値引きして》もらえるかも、ということらしい。


   ※


 食事を終えて店の外に出ると、イディールは歩き出す前にアトラスを呼び止めた。


「ここまででいいわ」


 聞くべきことは聞いた。

 これ以上は離れがたくなる。


「そうか」


 アトラスは懐から、なかなか膨れた巾着袋を出した。


「レイナから。二月分の給金だそうだ」

 ずっしりとした重みにイディールはたじろいだ。


「多くない?」

「迷惑料込みなんだろう」

「そう?なら、ありがたく」


 イディールは離れる間際に、アトラスに抱きついた。

 

「レオン、幸せにね」


 そっと耳元で囁いて、離れた。

 ほんの一瞬の抱擁(ハグ)


「さよなら。姉上」


 背中にアトラスの声を聞いた気がしたが、イディールは振り向かず、港を目指して足を踏み出した。

■月星歴1542年11月⑪〈姉弟〉⑫〈報告〉辺りのエピソードです

人物紹介

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2321437/noveldataid/25083668/

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