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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四二年十一月②〈お人好し〉

第五章新人女官

■月星暦一五四二年十一月〈見解〉辺りのエピソードです

 イディールは現在に至るまでずっと、アトラスという人間には色んな感情を抱いてきた。

 かたきでありタビスであるという事情に、心は散々揺さぶられてきた。

 

「私は、独りじゃなかった……」

 弟だったと聞かされて、思わず漏れた自身の言葉にイディールは驚いた。

 口にして、初めて自分が寂しかったことを知った。


「あんたなら判るか?」とイディールに問うアトラスの瞳が、すぐにでも壊れてしまいそうな儚い色をしていて、胸が苦しかった。


 出会い頭の高圧的な態度が、精一杯の虚勢だったことに気が付いた。


「ライネス王は俺が誰だか気付いていた。俺が気付いたことに気付いていた。その上で見せたあの隙きは、今際に見せた笑みの意味はなんだったんだ?」


 揺れる瞳に、苛まれてきた過去が垣間見えた。


 父とそっくりな声で、泣きそうに言葉を紡がないで欲しかった。

 経緯を聞いて、実物を見て気づいてしまった。


(これは駄目だわ。放っておけない……)


 大きななりに、傷だらけの少年の姿が重なって見えた。


 イディールは、父が討たれることを選んでしまった理由を悟った。


 当時はもっと酷かったろうことは想像に難くない。


 父はせめて自分を手で『この子』を終わらせようと、一騎打ちなどと言いだしたのだろう。

 実際に戦って、ヒビだらけでいびつな彼の魂に直接触れて、哀しかっただろうなと、感じた。


 十五歳という歳に見合わない不相応な強さと、歳相応の脆さと、どこか未発達な心。


 彼のちぐはぐな在り方に、ライネス《父》は憐れんでしまったのだろう。 


 様々を知らぬままに生かされてきた少年を、そのまま死なせるのを惜しんでしまったのだろう。

 自分だったらこんな風にはしなかったと、悔しかったに違いない。


 父を恨めしく思っていた気持ちが薄らいだ。


 ライネスの選択は、仮にも『王』を名乗る者としては正しくはない。


(だが、これはしょうがない)


 ただの一人の親として、ライネス《父》が見放せるはずはなかった。


「ほんと、しょうもない」


 傍らに佇むレイナに目が向いた。

 曝け出した脆さにも目を逸らさず、アトラスの全てを受け入れる覚悟の瞳に胸が熱くなった。


 街に繰り出した時に彼女が見せた底抜けの笑顔を思い出す。

 

 アトラスはレイナに救われたのだろう。

 そんな気がした。


 未だ、かさぶただらけの魂。

 それでも、レイナのお陰でここまで回復したのだろうと想像するのは容易い。


「父が護ることを選んだなら、私は従うしかない。だから、あなたは生きないといけないわね」


 イディールは納得した。

 納得してしまった。

 我ながらお人好しだとは思うが、これも父譲りなのだろう。

 性分ばかりは仕方がない。


 自分の一言で、弟だと言うこの青年が少しでも楽になるのならと祈りながら、イディールは言葉を紡いだ。


   ※※※


 アトラスとハイネとは湖畔の東屋で別れた。二人は竜護星には来ていないことになっている。

 イディールは明日の朝、ファルタンの屋敷前に来るように言われている。



 城への道すがら、イディールはレイナに声をかけた。


「あなたはかっこいいわね」


 手を伸ばして、隣を歩くレイナの短い襟足に触れてみた。

 くすぐったそうに振り返る海青マリンブルーの瞳に、イディールは微笑み返す。


「私は神殿に入れられた時に、腰より長かった髪をバッサリ切られて泣いたの」

「切られちゃったの?」

「そう。自分でまとめられないなら、仕事に邪魔でしょうって。当然なのだけどね」

「まあ、王女さまだものね」

 レイナも自身に当てはめたのか、苦笑いを浮かべた。


「あなたが自分の意志で好きな髪型を貫いてるって知った時、こんな子もいるんだって、眩しかったわ」


「この髪型は気に入ってるし、もう自分の一部だと思ってる。邪魔だから切ったのも半分本当。でもきっかけは、嫌がらせだったの」


 レイナは気まずそうにはにかんだ。


「嫌がらせ?」

「そう。アトラスと喧嘩してね。頭にきたから目の前でおさげを断ち切って投げつけてやったの」

「何それ?」

「だって人が具合悪くて寝込んでる前で、いとこの婚約者と楽しそうに話してるのだもの。頭にきちゃって」


 それは妬くわねとイディールは微笑った。

 仲が良くて微笑ましい。


「邪魔だったのは本当よ。私も自分ではまとめられなくてね。毎朝アトラスに編んでもらっていたのは、面倒だったし」


「編んでもらっていたって、あの人に?想像出来ない!」

「アトラス、神殿育ちだから案外何でもできるのよ」

 イディールは息を呑んだ。

「そっか、神殿。タビスは神官……。彼は王子として扱われていなかったのね」

「え?」


 王子とはとは肩書きだけ。(※)扱いは神官。

 タビスというだけで、道具として王に戦場に送り込まれていた少年。


 それが『黒い悪夢』の真実なのだとイディールは悟った。


 城と戦場しか知らない王子が、五年間も異国の王女を連れて旅をしていられたのかが謎だったが、神殿育ちならば納得できる。

 さぞ、色々と教え込まれてきたことだろう。


「……神殿にいた時、タビスは神官の頂点で、英雄って謳われて。さぞかしいい気分でしょうねって恨み言を言ったことがあるの」


 アンナの呆れ顔が浮かんだ。


「そうしたら同室の子に、きっと弱音も吐けなくて、きっとそんなにいいものじゃないって言われたの。本当にそうだったのね。彼女は正しかった」


 脆さを孕む青灰色そらいろの瞳は、勝手に想像していた目つきとはまるで違っていた。


 イディールはレイナを見つめ、衝動的に抱きしめていた。


「レイナ、弟をお願いね」

「はい、おねえさん!」


 (あね?)


 身体を離すと少年のような笑顔でにっと見上げる海青マリンブルーの瞳があった。


 レイナは半年後アトラスと結婚することが決まっている。


(そっか、義妹になるのか)


 自然とイディールの口許に笑みが浮かんだ。


 なんだかこそばゆかった。

※アンブルの王アセルスにとっては、です。周りは王子として扱っていました。

そろそろ折り返し。活動報告にあとがきならぬ中書きみたいのごあります。↓

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3399858/

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