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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四二年六月②〈沙汰〉

「次の当主には、わたくしがなります」

 シンシアはゆっくりと、はっきりと、宣言した。


 ゾーンの醜聞を表沙汰にしない条件の下、交わされた取引なのだと理解できた。


 その次の後継者はシンシアとゾーンの子供になることは変わらない。

 絵面だけみればユーク家には傷が付かない。


 だが実権はシンシアが握ると明言している訳である。

 王と筆頭貴族の一人がいる前での宣言。

 ユークのあるじが変わることを意味していた。


「女を見下してきたゾーンが、一生女であるわたくしに従わねばならないその屈辱をもって、彼の罰とさせていただきます」


 社会的に罪に問えずとも、罰を与える妥協点。散々協議した結果の、これが落としどころなのだろう。


 レイナが一瞬痛みを堪えるような顔を見せた。


 皆の注意はシンシアに向いていたから、気づいたのはイディールだけだろう。

 レイナは腹芸が苦手なことが伺える。とことん王には向いていない娘だとイディールは感じた。


 シンシアは侍女たちに深々と頭を下げた。

 倣い、パテールも頭を下げる。


「申し訳なかった」

 謝罪を口にするパテールの声は震えていた。

 後悔なのか無念なのか羞恥なのか、その真意を判断することは出来ない。



 パテールとゾーンは今後、一生表舞台には出てこない。出てこられない。「領主邸」という檻の中で一生を囚われることになる。


 家と血の存続を対価に、ゾーンの世間からの抹殺で沙汰とした。



 侍女たちが受けた屈辱、恐怖、抑圧、様々な傷痕の対価にしてはあまりに軽い。


 シンシアからもレイナからもやるせなさが滲み出ていた。


「結婚と同時にわたくしはパテールさまから全てを譲り受けます。その認可を、陛下からいただきました」


 結婚と同時に領主を譲り、パテールは隠居するも、ゾーンには器が無いか病か何らかの理由を付けてシンシアが代わりに務める。

 そんな台本シナリオが出来ているのであろう。


 レイナはシンシアの視線を受けて頷いた。


「私、エブル・ブライトが見届けました」

 白っぽい髪の男が言い添える。

 ブライト家の人間を連れてきたのは証人とする為だったようだ。


「それに伴い、大々的に配置換えを行います」


 ゾーンの身の回りの世話には、ジュラーレ家から年配の者を連れてくる。

 ゾーンの目は三十歳を越えた女性には向かない。


「皆さんには、代わりにジュラーレ家で働くか王宮で女官になるか、残留してわたくし付きになるかを選んでもらいます」


「王宮は、女官として全員を雇う用意があります」


 表情を消して、レイナが口を開いた。


「もちろん、すぐに答えを出せとは言いません。九月から城での研修となります。それまでに決めてください」


 この場に居ない侍女も望むなら応じると言い添えて、レイナはエブルと共に退出して行った。


 侍女たちがざわめきたつ。

 三人は、勤め先が実家から遠ざかるのを嫌がる声を漏らした。

 コレガは残留を望んだ。シンシアが主なら信じられると言った。

 あとの三人は前向きにアセラ(王宮)行きを検討する素振りを見せた。


 イディールの気持ちは既に決まっている。

「私は王宮へ行きます」


 宣言し、イディールは退出して行ったレイナを追いかけた。


   ※


 玄関に向かったがレイナは居なかった。

 ならばと、大広間を抜けて反対側の窓の外を見ると、中庭にいる二人の人影が確認できた。空を仰ぐ視線の先には、舞い降りる二頭の竜がいる。


「陛下!……レアっ!!」

 

 中庭を繋ぐ渡り廊下まで走り、息を切らしながら叫ぶイディールの声に気づくと、レイナは小走りに近づいてきた。


「サラ。ごめんね。これが私の精一杯」


 近くで見ると、レイナの顔は少しやつれていた。


「王さまなんて言われてても、私には、なーんにもできないの」

「頑張ってくれたのは解るわ。ありがとう」

「そう思ってくれたなら嬉しいよ」と、レイナは弱々しい笑みを見せた。


「女を王に据えておきながら、どこかで女を見下してる。情けないけど、それが未だこの国に根付いてる考え方。女の立場が弱いのよ」


 シンシアも結局のところは家に囚われ、軽蔑している男の妻になることは変わらない。

 その点に於いては父親であるジュラーレ家当主の意向には逆らえない。


「シンシアは頭が良い女性だから、女領主一号として、色々改善してくれると思う」


 イディールの手を取って、ギュッと握るレイナの掌から、そうあって欲しい彼女の願いのようなものを感じた気がした。


「月星だってそうよ。王に娘しか居なかったら、一代前に遡って親等を見直すもの」


 だからイディールは直系の娘でありながら、第一継承者では無かった。

 弟が生きていたら次の王は弟だった。実際はライネス《父》の弟と、その息子《従兄弟》の方が継承権は上だった。二人とも終戦前に命を落とし『イディール』も死亡しているのだからどうでもいいのだが。


 視線を感じて顔を上げると、レイナが妙な顔つきをしていた。

 口を滑らせたかも知れない。


「レア、あなた休めてる?顔色悪いわよ」

 イディールは話題を変え、気になっていることを口にした。


「ふふっ。大丈夫とは言えないかなぁ。強力な助っ人がいなくなっちゃったから、ちょっと心細い……」


 助っ人がアトラスのことを指してるのはすぐに判った。

 彼は年の始め位に急に居なくなったと聞いている。


 五年も共に旅をしたと聞く。このレイナにとって、アトラスが大きな存在だったのだと思うと、イディールとしては複雑な気分ではある。


 アトラスは月星に帰ったのだろうとイディールは思っていた。


 タビスでもあるアンブルの第二王子。

 結局身分を明かさずに、中途半端に関わって黙って去るとは、随分薄情な気がした。


 『冷酷無比の戦場の悪夢』に何の期待をしていたのか。

 竜護星に来てからの話を聞いて、少し見直しかけていたのかも知れない。


「私は貴女の提案に乗って、王宮に行きます」

 イディールは断言する。元々ここに居る理由も無い。


「サラはそう言ってくれると思ってた」

 レイナはふわりと微笑を浮かべた。

「三ヶ月後、待ってる」


 固く握手を交わして、レイナは去って行った。

お読みいただきありがとうございます

シンシアの娘が次の当主になります。その弟は宮仕えをし、ペルラとライの娘ウパラの夫になります。つまり、シンシアはグルナのおばあちゃんです。グルナの紅い髪はシンシア譲りです。


題材が重くて申し訳ないです。

レイナが王になったばかりの時代、まだ彼女の発言力は弱く女性の立場が弱かった。家を大事にし、目を瞑らざるを得なかった理不尽が罷り通っていた。レイナもシンシアも納得してはいませんが、そういう時代だったとご理解下さい。

物理的に牢には入れられないが、領主邸という檻からは出さないという判定で決着になりました。


時系列的には二章〈本音〉よりも前。

純朴な少女とペルラはレイナのことを言っていますが、知識は医師でもあるモースにかなり始めに詰め込まれています。無知が一番恐いですからね。


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