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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四二年六月①〈シンシア〉

第二章〈ただいま〉で

アトラスが戻ってくるひと月ほど前のエピソードになります

「ゾーンに会う時は必ず二人以上でね」


 これは、別れ際にレイナにされた助言(アドバイス)

 これを侍女の中で共有した、たったそれだけのことで、件の被害は劇的に減った。

 ゾーンという男は結局一対一でなければ強気に出られない臆病な男だったというわけだ。


 そんなことで防げる被害だったということが目から鱗だった。

 名指しされたならば、一人で行かねばならないと思い込まされていた。

 閉鎖された空間で、心に余裕がないと疑問に思う自由すら奪われることを知った。

 刷り込みとは恐ろしい。


 最後までゾーンの相手をしてたのは、自ら望んでいく者だけになったと言えた。



 暫くして、イディールはコルガと共にパテールに領主邸内の会議室に呼びだされた。

 月星暦一五四二年六月のことだった。


 会議室には、すでに六人の侍女が着席していた。

 集められた侍女八人は、全員嘆願書に署名をした者である。


 署名をしたのは侍女全員ではない。

 嘆願書に署名しなかった者も勿論いる。  

 露見して職を失う危険リスクと天秤にかけて署名しなかった者。

 ゾーンの行いを不快に思わない者、むしろ享楽と割り切っている者。

 前者は解るが、後者の婚約者のいる男性に進んで応じる神経は理解出来ない。



 テーブルには、パテールの他に、鮮やかなな紅い髪が目を引く女性ーーゾーンの婚約者である令嬢シンシア・ジュラーレと、短髪の女性ーーレイナ・ヴォレ・アシェレスタ。そして、白っぽい髪の青年が同席していた。


 レイナの顔を知らない六人は、彼女よりも婚約者の令嬢がここにいることの方に怪訝な顔をしていたが、イディールとコルガだけは、レイナが自ら足を運んで来たことに驚いていた。


 イディールとコルガが着席すると、青ざめた顔でパテールが口を開いた。


「こちらはこの国の国主レイナ陛下でいらっしゃいます」


 侍女たちがどよめく。


 無理もない。

 珍妙な髪型の娘が王だということも、こんな辺境にわざわざ訪れることも信じがたいだろう。


 隣の男性は自らブライト家のエブルと名乗った。

 ブライト家はこの国の筆頭貴族の一つ。さすがに名前くらいはイディールでも知っている。

 

「皆さんの嘆願書を読みました。先ずは時間がかかってしまったこと、皆さんが酷い状況に置かれていたことに気付けなかったことを謝罪します」


 レイナの言葉にイディールは唖然とした。


 王を名乗る者が簡単を謝罪を口にするものではない。しかもこんな末端の侍女に対してあってはいけない。


 しかし、レイナは続ける。


「ゾーン氏がのしてきたことも、パテール氏の黙認も赦せることではありません。だから罰を与えたかった。きちんと罪を償って貰おうとした。でも、出来ませんでした」


 握りしめるレイナの拳が震えていた。そこに、レイナの怒りを見た気がした。


「パテール氏は領主としては非がありません。そしてユークは国内交易の南の要の一つ。彼が培ってきたものは確かにあり、喪う訳にはいかない。内部の使用人の訴えだけで処断することはできない。仮に訴えが事実でも、一人息子であるゾーン氏を廃嫡することもできない。それが王宮側からの結論となりました」


 レイナは濁したが、実際は酷い言われようだったのだろうことは想像ついた。

 ゾーンもパテールも平たく言えば外面は良い。『そんなこと』をするような人に見えないのだ。


「そこで、私はシンシア・ジュラーレ嬢に相談しました」


 ここでゾーンの婚約者のシンシアに相談するレイナの思考は大胆だと感じた。

 これから結婚しようという男が使用人に手を出していると聞いて、気分が良いはずが無い。


「陛下とは子供の時分によくお会いしました。久しぶりではありましたが、お人柄は存じているつもりです」


 侍女達の目がシンシアに注がれた。

 シンシア嬢ははきはきと話す女性だった。見るからに気が強そうである。


「レイナ様は皆さんの実状に心を痛め、わたくしをも気遣い、ご相談くださりました」


 シンシアはゆっくりと、侍女全員の顔を見回した。


「皆さんの嘆願書も拝見致しました。わたくしは自らゾーンを問い詰め、彼は、非を認めました」


 シンシアが近頃よく訪れているのは知っていた。輿入れが近いことで、その打ち合わせだと考えられていたが違ったらしい。

 

「結婚は家同士の約束事。わたくしの一存で破棄することは出来ません。どちらの家名にも傷が付く。それは両家長の望むことではありませんから」


 シンシアはパテールを冷ややかな目で見つめた。


「ゾーンのしたことは赦されることではありません。しかし、表だってゾーンに制裁を加えることも、家名を汚す。どんなに彼がろくでなしでも、罪に問うことは難しい。それが残念ながら現状なのです」


 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てながら、シンシアは続ける。

 

 ユクナー家は領主だが、家の力はシンシアの実家ジュラーレ家の方が強いことが伺えた。

 ジュラーレ家はここより北部にある穀倉地帯一帯を管理している名家である。


「わたくしは、当初の予定通りこの家に嫁ぎます。しかし、パテールさまの次の当主にゾーンがなることはありません。次の当主には、わたくしがなります」

お読みいただきありがとうございます

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