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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四一年九月③〈無知〉

 竜護星首都アセラの街は活気という程の活気はなかったが、ほんの一月程前までは息を殺すように生活していたというから、これでも賑わいは戻ってきたのだろう。


 イディールを待たせて大通りの脇にあるパン屋に入ったレアは、包みを二つ抱えて出てきた。


 広場では大道芸人が芸を披露している。


 二人で並んで座ると、レアはパン屋から抱えてきた包みを一つイディールに差し出してきたた。


「ここの蜂蜜パイ大好きなんだ」


 サクッとした生地に蜂蜜とクリームチーズがふんだんに挟み込まれている。チーズの酸味が蜂蜜と程よく融合して美味しい。


 大道芸にケラケラ笑いながら、二人してパイを頬張った。

 半円の舞台に向かってすり鉢状に階段を兼ねている椅子は、石造りでお尻が冷たかったが、レアと二人肩を寄せ合っていたらあまり気にならなくなっていた。

挿絵(By みてみん)

 出し物を見終えると、露店で買ったホットワインをすすりながら、焚き火の側で街の人に交じって暖を取った。


「えらい別嬪さんだねぇ」

 イディールを認めて口を開く男性。

「そうでしょ!あげないよ?」

「おやおや、かわいらしい騎士さまが護衛にいたか」

 そんなやり取りで、街の人達の輪に入って笑い合うレア。


「ほら、サラ!もっとこっちに来て暖まろうよ」


 イディールに差し伸べられる手をとりながら、妹がいたらこんな感じなのだろうかと思った。


 イディールにはきょうだいも解らない。


 弟はいたが、産まれて十日も経たずに呆気なく死んでしまった。

 サラやメランは親しかったが、やっぱり臣下だったのだと今なら解る。街に出かけても、こんな風に対等に笑い合うことは無かった。


 レアは月星の話を聞きたがったが、話せることは殆ど無かった。

 故国のことなのに、書物で得た知識しかない。

 

「何も知らないのね」とアンナが言っていた意味をようやく理解した気がした。


「ーー知らないの」

 するりと正直な言葉が口をついた。


「戦場から父は帰って来なかった。その後はずっと神殿にいたから、故郷と言っても何も知らないの」


 イディールは城とジェダイトの街と神殿のことしか知らなかった。知らないいことに、気付かされた。


「案外知らないよね。生まれ育った街を出ようと思う人は少ないもの。私もそうだったよ」


 レアはそれ以上追及してこなかった。

 代わりにレアの方が異国の不思議な話をしてくれた。


 塩でできた湖。

 珊瑚礁でできた島。

 氷で出来た大地。

 海に直接落ちる瀑布。

 温泉が噴き出る噴水。


 そんなものがよその国にはあるのだと、まるで見てきた様にレアは話す。

 荒唐無稽な話ばかりで揶揄われているのだろうと思ったが、不思議と聞いていて不快では無かった。


 日が傾き、風が冷たさを増してきた。

「帰ろっか」とイディールの指先を握るレアの掌が温かかい。



 城への通用門の前でレアは立ち止まった。


「サラは今どこに仕えてるの?」

「ユークの領主パテールさまです」


「ユーク領主パテール・ユクナー。この五年間の登城は無し。税の滞りもなく、領民には慕われ悪評は聞かない。今回は息子のゾーン・ユクナーの宮仕えを推薦にきた。ゾーンの方は能力的には問題はないが、婚約者の手前宮仕えをして箔をつけようというのが透けて見える。軽薄な印象は拭えない」


 まるで報告書を諳んじるように、パテールの情報がレアの口からすらすらと出て来た。

 あけすけな言い様にイディールは面くらう。


「そこの使用人から、嘆願書ねぇ⋯⋯」


 青海(マリンブルー)の瞳がずいっとイディールを見据えた。


「訴えてるのは女性だけ?」

 イディールが頷くと、レアは大きくため息をついた。

「解った。少し時間はかかるかも知れないけど、なんとかする」


 レアはイディールの前にすと手を差し出してきた。


「さっきの嘆願書、預かるわ」

「えっ?」

「偉い人紹介するって言ったでしょ。私、本当の名前はレイナって言うの。この国で一番偉い人ってことになってる」


 肩書負けしてるけどねと、さっきまでレアと名乗っていた少女は困ったように笑った。


「レイナ⋯⋯陛下?」

「嘘ついてごめん。今日のことは内緒ね。楽しかった」

「私も!」

 思わず、イディールも口走っていた。

「私も楽しかった、です⋯⋯」


 誰かと対等に街歩きをするなどということを、イディールはしたことが無かった。

 美味しいものを食べて、他愛のない話をして笑い合う。そんなことが楽しいということを、初めて知った。


「きっと今日のことは忘れません」

「なら、良かった。それじゃ、怒られに行こうか」


 レイナはにっと笑って、イディールの手を繋いだ。


   ※※※


 ユーク領主一行は、翌日には帰路についた。

 不採用を言い渡されたゾーンは道中、ずっと文句を言っていた。


「何にも知らない月星人が、ボクのことをなんだと!」


 どうやら、採用面談はアトラスが行っていたらしい。


(あら。人を見る目はあるのね)


 この外面はいい息子を蹴ったのかと思うと、ちょっと見直してしまった。


 レイナが諳んじたのは、アトラスの書いた報告書だったのかも知れない。


 イディールは、全然王様らしく無いあの少女には好感を持った。

 王の交代劇では、アトラスは身を挺して彼女を護り、怪我をしたと女官達が話していた。


 あの娘の為なら、身体を張りたくもなるのも解る気がしていた。

レイナさん、偽名が雑です。

レイナのレにアストレアのアかアシェレスタのアかアストレアのレアかはご自由に。

第一部ではこの懐っこい彼女を描く機会があまりなかったので、満足です。

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