□月星暦一五四一年九月②〈レア〉
女官部屋を出て、ぼんやり考えごとをしながら歩いていたら、イディールは自分がどこを歩いているのか判らなくなってしまった。
行きには見なかった建物や庭の景色に戸惑い、見回していると、頭の上から声がかけれた。
「迷ったの?」
少しハスキー気味な、耳障りの良い声に振り向くと、窓から見下ろしてる青海の瞳と目が合った。
一瞬男の子かと思った。
紅味がかった亜麻色の髪は顎の下辺りへ前下がりに流れ、後ろも首筋に沿って整えられている。
思わず凝視してしまった。
「髪、気になる?」
「失礼しました」
「よく言われる。髪型なんて、大して意味がないんだから、女性だって好きな形にすればいいと思うんだけどね」
歳の頃は十代後半だろう。まだ、少女と呼んでも差し支えなさそうである。
「自分の意思で切ったの?」
ざっくばらんな話し方にイディールもつられた。
「うん、邪魔だったし」
呆気に取られた。
城にいる以上、それなりの令嬢だろうに、そんな考えの人もいることにイディールは驚きを隠せない。
少女は部屋から出てきて、イディールの顔を覗き込む。
「あなた、ここの人じゃないよね」
「主人に付き添って来たのですが、はぐれてしまいました」
「あれぇ、月星の人?」
「えっ?」
「話し方」
「あぁ、はい。出身は月星です」
俗に言う月星訛りで、月星人は判別されやすい。
「あなた名前は?」
「サラと申します」
「サラ。もしかして、アトラスに会いに来た?」
「はい?」
ドクンと心臓が一度鳴った。
「そりゃ、そうよね。月星の人だからって、みんな知り合いな訳ないよね。月星も広いし⋯⋯」
「同郷と聞いていたので、興味はありますが、会ったことはない人です」
「そっか。月星の人って他に知らないけど、あなた、彼に似ている気がしたのよ」
髪色も同じと聞いた。
高祖父が同じなのだから、顔にも似ている部分があるかも知れない。
「月星に多い顔立ちなのかも知れませんね」
イディールは曖昧に微笑すると、少女も頷いた。
「あの人、自分のこと何にも話さないからさ。噂を聞いて、知ってる人が訪ねてきたのかと、ちょっと期待しちゃった」
やっぱり話していないのだと納得した。
タビスと言っても異国の人には判らないだろうが、第二王子だと知られて居たら、もっと大騒ぎになっている筈だ。
「誰か、探していたの?」
改めて少女は尋ねてくる。
恐らく、許可なく立ち入ってはいけない場所にまで迷い込んでいたのだろう。
イディールは隠さず目的を話すことにした。
「実は、同僚から嘆願書を預かって来たのですが、誰に渡せばいいのか解らなくて」
「なるほど。ちゃんと議題にできる偉い人に渡せればいいのね」
悪戯を思いついた顔で、少女は口角を上げた。
「偉い人、紹介するからちょっと付き合ってよ」
「ですが、主人に叱られてしまいます」
「その時は、一緒に怒られてあげる」
少し待っててと、一度奥に引っ込んだ少女は、地味な外套を二着手にしていた。一着をイディールに手渡し自分も羽織る。
「こっち」
少女はイディールの手首を掴んだ。
人目を避けるように、裏方の通路を抜けて、通用門から城の外に出る。
「あなた、なにか武術的な心得ある?」
「ええ。基礎だけですけど」
身を守る術は多い方が良いと、神殿でひと通り教え込まれている。今回随行に選ばれたのも護衛にもなるからという理由である。
「なら、言い訳は立つわ」
そう言って、笑う少女は『レア』と名乗った。
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