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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五三六年二月〜一五三七年〈決心〉

 結局、一週間経っても、カルゴは戻ってこなかった。


 戻るつもりなど、なかったのだろう。敗れたジェイドの血筋の生き残りなんてお荷物でしかない。

 王がいなくなれば、王族への忠誠などより、身の安全の方が優先事項というのは当たり前である。


 ショックは無かった。

 とっくにイディール自身が悟っていたのだと知る。


 髪と一緒にプライドは捨てた。あの日の涙を最後に、自分を憐れむことをやめた。


 サラに謝罪することも、父を恨めしく思うこともやめた。ただ年に一度、終戦の日に悼むだけにすると決めた。


 タビスや、アンブルについては憎むどころか考えないことにした。そんな労力と時間(リソース)があるなら、自分磨きに費やすことにした。


 それでも、終戦から僅か二週間でアセルス王の訃報が届いた時は拍子抜けした。今迄の争いはなんだったのかと思わずにはいられなかった。

 

 数ヶ月後にタビスが出奔したと聞いた時には、『逃げ出せたんだな』、という感想が頭をよぎった。アンナの言葉が引っかかっていたのかも知れない。


   ※


 イディールは貪欲に学んだ。

 何ごとも拒まず挑み、知らないことを恥と思うことはやめた。


 最初の試験と面接を元に、先ずは必修の基本の課程カリキュラムが組まれた。

 その他は望みさえすれば、なんでも一度はやらせてくれる。 

 色々経験して、自分の得意を自覚しろと言うことなのだろう。

 求めれば、神殿は何でも教えてくれる場所だった。


 イディールの項目は、日常生活を送るための基本的なものが多かった。


 初めて縫った下着は、縫い目はバラバラ。針で刺した指の血の染みだらけで、一度洗わねば使えなかった。

 初めて編んだ靴下は、目を数えた筈なのに左右で長さが違う歪なものが出来上がった。


 雑巾の絞り方が分からず、びしゃびしゃにした廊下はやり直しを言いつけられた。


 膨らまないパンや、塩と砂糖を間違えてやたらしょっぱいものができたのはまだ御愛嬌。

 火加減を間違えて、とても噛み切れないカチカチのお肉や真っ黒な卵焼きはどうにもならなかった。

 

 収穫時など、季節行事は出られる者は全員参加というように請われることもある。


 ワイン用の葡萄の足踏み要員に駆り出されたときは、潰れる葡萄の感触に、なんとも言えない抵抗を覚えた。


 洗うための石鹸が油と灰や石灰を元に作られてるのは衝撃だった。

 そんなものまでが手作りなことにも驚いたが、時には廃油まで使われており、汚いものからものをきれいにするものができる元理がいまひとつ理解できなかった。


 家畜の排泄物の片付けにとどまらず、堆肥づくりまで手伝ったのはさすがに褒めて欲しい。


 綿花から糸が紡がれ、織られて布になる工程は新鮮だった。

 良く纏っていた絹が、虫の糸だと知った時は言葉を失った。



 初めは失敗も多かったが、元来器用な方ではあったのだろう。


 一年も経つと、料理の仕込みも任されるようになった。


 イディールの刺す刺繍は図柄が美しいと評判になった。バザーでは大人気になり、図案化されて手本となった。

 年少の子ども達に読み書きを教えるのが上手いと、任されることも増えた。



 神殿にジェイド派の捜索が来ることは無かった。

 新しい王は、アンブルもジェイドも無いひとつの月星にすると宣言し、詮索を禁じたからと聞いている。


 アンナは半年後に、港町リメールの宿屋兼料理屋に住み込みで働くことが決まった。

 料理が得意で人当たりが良い彼女には合う就職先だろう。


 イディールのことは何かと気にかけてくれ、アンナからは時々手紙が届いた。


 一年が経つ頃には宿屋に息子に見初められて夫婦になったそうだ。文面と文字からも嬉しさが滲み出ており、イディールも自分のことのように胸が温かくなった。

 そういう感情を持てるようになったのもアンナのお陰だとイディールは思っている。


 同時に、『自分もいつかここを出て、絶対に幸せになる』と、イディールは顔を上げて前を向いた。


 女神ではなく、自分の心にそう誓った。

お読みいただきありがとうございます

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