表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
251/374

□月星暦一五三六年二月⑥〈過呼吸〉

 結局、泣き疲れて眠ってしまったらしい。

 翌朝アンナに起こされ、洗面所で見た顔は、目が腫れ上がって見るも無惨だった。


 神殿の朝は朝拝から始まる。朝食の仕込みをしている者以外は、全員出席が決まりである。


 百人以上いるのかも知れない。案外多い。男女比は六対四といったところか。

 十歳に満たない者から五十歳を越えている者まで、年代はまちまちである。

 見渡して、髪の長い女性は殆どいないことにイディールは気づいた。長くても背中にかかる位まで。皆、実用的な形に纏めている。

 短い頭が恥ずかしくて仕方がなかったが、ここでは当たり前であることを認識する。

 

 神官長が現れると、起立して女神への讃歌を歌った。着席すると説法かま始まった。


「皆さん、おはようございます。先日は、七十五年にも及んだ月星の戦争が終わったことをお話しましたね。先程、大神殿から連絡がありまして詳細が伝えられました。なんと!我らがタビス様が自ら終わらせてくださったそうです」


 神官長の説法の内容がタビスへの称賛であることに、イディールは面食らった。


(どうして?) 


「かねてから彼の方には、戦いを終わらせてくれるという予言がありましたが、見事女神の意向を体現して示してくださいました」


 興奮気味の神官長の声に、神官達の間からも歓声が上がった。


(何を言っているの?) 


「タビス様は、戦場では異例の一騎打ちに挑み、見事相手の将を討ち取って下さったそうです」


(タビスは、お父様を殺しただけじゃない!)


「さあ、皆さんこの後は町のお掃除です。お話を町の皆様にも聞かせてあげましょう。女神様はいらっしゃいます。タビスが証明してくださいました。英雄たるタビス様を讃え、女神様に感謝いたしましょう」


(止めて!町の人にもお父様の醜聞を広めようって言うの?止めてよ!!)


 がたん。


 大きな音を響かせて、サラは倒れようとする自分の体を支えた。


 息遣いが荒い。

 いくら息を吸っても空気が体に入ってくる感じがしなかった。


(はぁはぁはぁ……)


「サラ?」


 遠ざかりそうになる意識。回る視界、崩れ落ちそうになる体を、隣りにいたアンナが支えてくれた。


「神官長、すみません。この子昨日、眠れなかったみたいなんです。具合悪そうなので連れて行きますね」

「一昨日来たばかりのサラさんですね。わかりました。アンナさん、お願いします」


 アンナはイディールの脇の下に肩を入れて支え、聖堂から連れ出してくれた。


「医務室と部屋どっちがいい?」

「……部屋」

「分かった」


 アンナに手伝ってもらい、イディールは自分の寝台ベッドに横になった。アンナの指示で口を覆って息をしてみたら、呼吸が整ってきた。


 少し気分が良くなってきたので顔を上げると、アンナは向かいの寝台でじっとイディールのことを見つめていた。


「あんたジェイドの子だね。それもかなり中枢に近い」

「私、は……」

「答えなくていい。サラ、あんた分かりやすいのよ」


 アンナはため息を吐いた。


「生き残りたいならね、隠しなさい。神殿にはアンブルもジェイドもないけど、ここは端っこといえ、アンブルの土地だからね。人の心は簡単に割り切れるもんじゃない」

「えっ……、ここってジェイドの地じゃないの?」


 アンナは呆れた顔をした。


「あんたまさか、ここがどこかも知らないの?ここはポルトの港にほど近いバロスって町よ」

「いつのまに国境を越えていたなんて」

「バカだね。月星内に国境なんかないよ。あんた、何にも知らないのね」


 アンナは鼻で笑った。


「でも、あんたをここに置いて行った人は賢いね」

「賢い?」

「今頃ジェイドの残党はきっと探されてるだろうけど、まさかアンブルの地で神殿に匿われてるなんて思わないよ」


 灯台下暗しってやつだねと、アンナは頷く。


「ここまで捜索の手が回る頃には、すっかりあんたはただの神官の一人になってるだろうさ」

「そう、なの?」


 カルゴは捨てたのではなく、ここにイディールを隠したのだろうか。


(判らない)


 髪を切られたのも、長い髪がイディールだと宣伝して歩いてるようなものだからだろうか。


(判らない)


 イディールは何も判らない。判断の仕方すら判らない。


「サラ。辛いのが自分だけだと思わないことよ。ここにいる連中がみんな似たりよったりなんだから」

 言っていることはきついが、アンナの口調を優しかった。


 涙が溢れてきた。


 一瞬で全てを失った。

 父を失い、身分を失い、居場所も財産も失った。

 一文無しで、名前も自慢の髪まで失って、地方の神殿の、木材を組み立てただけの粗末な寝台の上で泣いている。


「タビスってどんな人なのかしら。大神官様の上の神官の頂点で、英雄って謳われて。さぞかしいい気分でしょうね」

 思わず、恨み言が口を吐いた。

「そんなにいいものかね。刻印があるから、女神の意思だからってずっと戦わされてきたんだよ?子どもが、だよ?神官たちには崇められてさ、きっと弱音も吐けないよ?今のあんたみたく、泣くことも出来ないだろうよ」

 ポンポンとイディールの短い頭をアンナは撫でる。


「少し眠りな。あとで食事もってきたげる」

「つき合わせて、ごめんなさい」

「いーよ。お陰で外掃除サボれたもん」


 明るくにかっと笑うアンナの笑顔に、イディールもつられた。


 同室の子がアンナで良かったと思いながら、イディールの瞼はゆっくりと落ちていった。

お読みいただきありがとうございます

ポルト:港

バロス:灯台

第六章□月星暦一五三六年二月⑤〈作戦〉は、この神殿にはもう届きました。


人物紹介

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2321437/noveldataid/25083668/


女性は長い髪を結い上げるのが当たり前の時代で、レイナの髪はさすがに奇異に映っていましたが、一般人は、束ねられる背中位の長さが主流です。

腰以上に長く伸ばし、手入れを怠ることなくいられるのは貴族、王族といった上流階級だけでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ